『コンパートメントNo.6』にみる、揺心
フィンランド人監督ユホ・クオスマネンによる長編第2作。
見慣れないロシアの寝台列車を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールもの。主人公は同性の恋人がいる、目的地はムルマンスクにある古代のペトログリフ、同室のリョーハは大酒飲みの馴れ馴れしい男。こんなちょっと歪な設定が、どこにもありそうでないロードムービーを演出する。
恋人である女教授の属する知的コミュニティを離れて、北の遠い果てへと寝台列車で向かう、ラウラは行き詰まりの恋や孤独を抱えた等身大の女子学生でいる。同乗者への軽蔑も、異国への視線も、なにも飾らない、素で泣いたり怒ったり悩んでいる姿に好感が持てるのだ。第一印象最悪だったリョーハの心根やさしい素朴さに気づくころには仄かに惹かれている、凸凹なふたりがいい。
これが南国の列車じゃなく、凍てつく寒さの旅なのがすてきだ。
ムルマンスクに到着しても道はなく、辿り着けずにいたペトログリフ行きを手助けしてくれたのは、すでに鉱山で働いていたリョーハだった。ふたりは束の間の再会を果たして、また別々の人生を歩む。そこに『恋人までの距離』的、9年後の物語は存在しない。フィンランドらしいシビアなそっけなさすら味わい。
特筆すべきは、一晩停車する駅での外泊シーンだろうか。リョーハに誘われ知り合いの家に泊めてもらったラウラが、素性のしれない老婆から飾らないもてなしを受けて心を絆していく夜が好きだった。人種も年齢も越えた女がふたり、食卓で向き合って歓談する姿に温もりが滲む。そうして早々、その場から離れるリョーハの気持ちよさ、宿の礼を薪割りで返す男気と、けっして一度もわかりやすくラウラを口説いたりしなかった格好良さに惚れる。
小粒の良作。
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