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SS 竹林の宿【新しい】 #シロクマ文芸部

「新しい道か……」

 後ろから声が聞こえる。盗賊はしくじった自分を呪う。商人の家を襲って大金をせしめて逃げられると算段したが、警備が厳重すぎた。

(とにかく逃げないと、拷問されて死刑だ……)

 自白で罪を認めない限りは有罪にはならない、過酷な拷問は死ねないが体が戻らないくらいに厳しい。

 山に逃げ込んだが、後ろから松明の火も見える。追い立てられる恐怖で暗闇の中を手探りで逃げた。いつしか獣道だろうか、踏み固められたような道を歩いている。

(登っているのか……)

 山道を登りながら、周囲が竹なのが判る。竹林を進んだ先には、平屋の農家が見えた。農家だとは判るがもっと立派に見える。

(人里離れた場所に住んでいる変人か? 都合がいいな)

 むくむくと盗賊の血が騒ぐ、住人を脅して女を犯してしばらく滞在しよう。扉に近づくと物音を確かめる、誰かが話をしている。

(……私は父上と一緒に住みたい)
(私も老いた)

 若い娘と年老いた父親が住んでいる、盗賊はそっと扉を叩いて、声をかける。

「泊めてくだされ、泊めてくだされ」

(……お客様が来ました)
(そうか都合がいいな)

 ガタゴトと戸が開くと、娘が立っていた。にっこり笑うと盗賊を中に入れて、囲炉裏に案内する。

「夜分遅くもうしわけない、道に迷いまして……」
「良かった、貴方が代わってくれ」

 父親を見てぎょっとした、痩せ細った体はまるで拷問されたように傷だらけだ。

「長い間、ありがとうございます」
「やっと楽できるよ」

 娘は父親に挨拶すると同時に首をねじきると、火にかけてある鍋に投げ込む。若い娘と見えたのに、今は赤茶けた肌の山姥が座っている。

「新しい男が必要だった、夜とぎも頑張れよ。逃げようとすれば折檻するからな」

 野太い声は心底嬉しそうだ。夜盗は新しい夫として……しばらくは生きていた。

xxx

 村人が山を見ている。

「山姥様の家に着いたかの」
「獣道に似せて道を作ったから平気じゃろ」
「新しい年には、罪人を送らねばならんが、今年は助かった」
「盗賊が来てくれた良かったよ……」

#シロクマ文芸部
#新しい
#昔話

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