SS 恋敵 【雪化粧】 #シロクマ文芸部
雪化粧された町は恐ろしい。
「おはよ」
「ねむい」
「聞いた?」
「聞いたよ、転校生が消えたって」
「家出かな」
「冬に?」
雪国の冬は誰もが知っている冬とは異なる。通学するだけで死にそうになる。すべてが雪でおおわれて川さえも氷結する。薄い氷の下は水が流れているが、表面はカチカチだ。
「早く都会にいきたい」
「雪ないもんね」
体に染みるような寒さは経験した事が無い人には、わからない。気分が落ち込み外に出たくない。ほっぺを真っ赤にして中学校に通う。
「やっぱり寒くて都会に戻ったのよ」
「そんな馬鹿な……」
親の都合で転校してきた女の子は、髪が長くきれいだった。男子生徒の誰もが気にしていた。
「大人に見えるよね」
「雑誌に載ってそうね」
すらりとした手足は長くモデルのようにも見える。だから、告白された。
「ふったんだっけ?」
「いきなりだったからね」
教室で冗談半分のように告白された彼女は、黙ったまま頭を横にふった。
「なんか嫌な感じ」
「……」
「あんたも告白されたよね」
「……いつもの冗談でしょ」
私の右腕をちょっと強く小突く。すぐ横は水路だ。
「私は、あの転校生が嫌い」
「そうなの……」
「嫌いよ、顔がイイと思って、友達を作らないし」
「転校したばっかりだし」
クラスメイトは私を見ている、その目に憎悪を感じる。
「あんたも……嫌いよ」
どんと強く押されるとよろける。私は体を支えるために、雪を踏んだつもりだった。でもそこは雪庇のように、雪がふきだまった場所だ。ぐらりと体が揺れると、落ちる。
水路の上の薄い氷に足がつくと同時に、氷が割れて水に流される。一瞬で体温が無くなるともう意識を保てない。
(私は……死ぬんだ……)
猛烈な勢いで流されながら、冷たい体がなぜか心地良かったが、手がふいにひっぱられると猛烈な痛みを感じる。
(痛い……痛い……手が抜けてしまう)
コンクリの水路は、普段は田や畑の用水用だ。深くて蓋がないから落ちる子供も居る。私はその水路から垂直に手を引っ張られていた。
「転校生?」
背の高い転校生は、薄い絹のような白く淡い着物姿だった。まるで絵本の雪女郎にも見える。
「あなたも落とされたのね」
寒さで口も聞けない私は、そのまま気を失った。
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「生きてて良かったよ」
病院のベッドで目を覚ますと祖母が私の手を握っていた。用水路の近くでずぶ濡れて倒れていた私は近所の人に助けられた。低体温症だったが、無事なのは奇跡だといわれる。
「あの子は、かわいそうにね」
私を突き落とした子も、一緒に流された。彼女はずっと下流で見つかった。私たちは二人で雪庇を踏んで落ちた事件としてあつかわれる。
不思議なのは転校生だ。誰も覚えてもいない。転校生なんて最初から居なかった。
私は今でも雪化粧の町は怖い。
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