母さんが死んで、父さんが猫になった②

俺と父さんは精神科「にこにこクリニック」へ来た。


父さん「にゃん。にゃんにゃんにゃん」
父さん「にゃんにゃんにゃん」
医者「うっうむ?!」
タケル「二日前からずうっとこうなんです。」
タケル「食べてる時も、テレビ見てる時も」
タケル「猫になっちゃったみたいで…」
タケル「あはっ」
医者「ちょっと君。ここに紙とペンがある。ここに何か書いてみなさい。」
タケル「はっなるほど!」
タケル「筆談か!」
タケル「全然思いつかなかった!」
タケル「バカか俺は!」


その時、タケルの心の窓が全部開いたような気がした!


父さん「…」
父さん「すっ」
医者「うほっ」
タケル「み、見せてください!」
医者「すっ」
タケル「…!?」
タケル「「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん」って全部にゃんじゃねーか!」


その時、タケルの心の窓は勢いよく閉まったような感じがした!!


医者「き、奇病じゃ…!」
医者「と言いたいところだが」
医者「実はこういうことはよくあるのです。」
医者「いやね、働き盛りの四十代というのはじっさい、家庭にもお金がかかる、仕事でも責任が増えてストレスは陪乗で増えてくという板挟みな存在なんですぞ。」
医者「もちろん心の病にもそれなりにかかりやすくなる」
医者「積もり積もったものが何かのきっかけでこうなってしまったんですなきっと。」
タケル「母さんが…死んだからだ…」
医者「そうか。それは大変でしたたな。まだ若いのに。」
医者「ほほっ」
医者「えーと「ストレス過多」…と」
医者「ビタミンを多めに出しておくからね。手のひらがきい〜ろくなるくらいまで野菜をいっぱい食べて、ビタミンも飲んで、あとはいっぱい寝てください。」
医者「お兄ちゃん。元気をだすのですぞ。元気がなによりも一番。」
タケル「えっあの…」
タケル「僕らはどうしたら?」
医者「次の方。」
タケル「…」


外へ出たタケルと、父さんがとぼとぼと大通りを歩いている。


タケル「はあ…」
父さん「にゃん」
タケル「「すまない」って言ったの?父さん。」
父さん「…」
タケル「病院なんて結局、医者の知識の範疇で見た診断名が付くだけなんだもんな。」
タケル「「ストレスによるうつ病?!」」
タケル「こんなもの気休めにもならない。無意味じゃないか?」
タケル「僕らの日常は、毎日あるんだぞ。」
タケル「寝ても覚めても。」
タケル「あかん、心細くなって来た。」
父さん「にゃん…」
タケル「「元気だせ」ってこと?」
父さん「…」
タケル「ったく。問診票にもにゃんにゃん書いてあったじゃねーか。」
タケル「考えられないぜ。」


帰宅した二人


ミチヨ「おかえり〜」
ミチヨ「どうだった?」
タケル「ストレス過多だってよ」
ミチヨ「んんん、まあ」
ミチヨ「素人でも予想がつく回答ね。」
タケル「まあ、意思疎通はだいたい出来るしな。」
タケル「困ることと言えば、複雑な会話が出来ないってことかな。」
ミチヨ「そうね…」
ミチヨ「「ちょっと、そこの塩、でもなくてケチャップ、でもなくてマヨネーズと胡椒、の間からかいま見えるわたくしのメガネ、取ってくださいますか?」なんて」
ミチヨ「言われたら…」
父さん「にゃん。」
タケル「自分で取りに行かせればいいだろ。」
ミチヨ「そういうもんだい?!」
タケル「母さんだっていないのに。俺ら二人で頑張らないと。」
ミチヨ「うん。」
タケル「はあ。まあ、」
タケル「うちの父さん、年取って滑舌悪くなったとでも思ってりゃいいんじゃないかあ〜?!」
父さん「…」
父さん「にゃん」
ミチヨ「そうね…」
ミチヨ「慣れるしかないわね。」
タケル「ぱさっ」
ミチヨ「なに?このメモ」
ミチヨ「「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃん」?」
ミチヨ「ブフーッ!」
ミチヨ「なに、これ?」
タケル「父さんが書いたんだよ。」
タケル「にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんだよ。」
父さん「にゃん」
タケル「父さん、筆談もダメだった。」
タケル「問診票にもにゃんにゃんしか書いてなかった。」
タケル「そのうち、寝言でもにゃんにゃん言い出すぞ、きっと。」
ミチヨ「あっ筆談か!なるほど!」
ミチヨ「さすが医者ね!」
ミチヨ「あっ!それがダメだったのか!」
父さん「にゃん」
タケル「徹底的に猫なんだよ。」
タケル「うちのおやじは猫なんです。ハハッ」
タケル「俺の参観でも猫…将来結婚式する時も、猫…トイレでもきっと猫…ああ、ああ」
タケル「あああああああああああ」
ミチヨ「訓練すればいいのよ。筆談も、手話もきっと可能よ。」
タケル「く、訓練…?」
ミチヨ「手は人間の手なんだから。」
ミチヨ「困るのは私たちなんだから。わたし達未成年よ?!ふざけてるのか、うつ病だかしらないけど親の義務ってもんがあるのよ。」
タケル「(猫でも?)」
ミチヨ「今日から父さんはスパルタ教育よ。」
タケル「まあ、そうだな。」
タケル「ミチヨってけっこうたくましいんだな。」
父さん「にゃん。」
ミチヨ「ぴ〜ひょろぴ〜ひょろひょろ(リコーダーを吹くミチヨ)」
タケル「何も考えてないだけか。」
タケル「羨ましいぜ。ハハッ」


タケルは、ちょっとだけこころの窓の隙間を開けることが出来た気がした。


タケル「なんだよ、窓の隙間って。」


でも、本当に僕は一人で考えてるときより、家族といるとちょっとだけ気持ちが軽くなった気がした。


「にゃんにゃんにゃんにゃん」


父さんも、たぶん同じようなことを言っていた。


ミチヨ「ぴ〜ひょろひょろ〜ぴ〜」


ミチヨは、夕方放送の特報名珍場面ショーのことを考えていた。

ポエム、詩、短歌などを作ります。 最近歴史に興味があります。