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宇露戦争と宗教についてのメモ

 全世界が固唾をのんで見守る中、ウクライナがロシアに進攻された。または、ロシアがウクライナでの平和を維持するために特別作戦を実行した。それで、ふと思い出したのでメモとして以下を置く。ロシアとウクライナの宗教の話である。

 多くの人々の印象の通り、ロシアもウクライナも「正教会」のキリスト教徒の多い国である。もちろん両国ともに様々な宗教がある。ロシアは広大な連邦国家だから仏教徒もイスラム教徒も含む。それにキリスト教も正教会だけではない。

 たとえば宗教改革期・再洗礼派のメノナイトやフッター派は、欧州での迫害から逃れて東進したのでウクライナやロシアとは縁が深い。18世紀には「ロシアの母なる川」ヴォルガ下流地方へ、19世紀にはウクライナと南ロシアで再洗礼派が広まった。

 すなわち歴史的・宗教的な経緯をみれば、ロシアもウクライナも実に近しい関係にある。それは現在でも同様である。正教会や東欧/ロシアの史学の専門家からみても、ぼくのような素人から見ても、両国とも「正教会」地域という認識である。

 念のため、正教会について簡潔に記す。正教会はキリスト教の四大宗派のひとつだ。正教会、カトリック、プロテスタント、東方諸教会である。もちろん聖公会を加えて五大宗派にしてもよい。または東方ギリシア教会経由と西方ラテン教会経由の二つに分けてもよい。分類法はさまざまである。しかし分類が論点ではないから、ここでは措く。話は「正教会」である。

 正教会の中心地は、一般に「総主教座」である。総主教は、カトリック教会における教皇と同義である。そして教皇は使徒の継承者を意味する。だから正教会にとって、ローマ教皇は、ローマ総主教である。

 では「総主教座」とは何か。それは教会の中心である。総主教が代表・管轄・司牧する地域の中心地、または中心となって指導する総主教がいる教会を「総主教座」と呼ぶのだ。それは古代より続く伝統的な教会でもある。まず挙げるべきは以下4つの総主教座だ。
・イスタンブール(ギリシア/トルコ)
・アレキサンドリア(エジプト)
・アンティオキア(シリア)
・エルサレム(イスラエル)

 次に、ざっくり言って中世以降に中心地として理解されているのが以下の5つである。
・ソフィア(ブルガリア)
・トリビシ(グルジア)
・ベオグラード(セルビア)
・モスクワ(ロシア)
・ブクレシュティ(ルーマニア)

 一般に上記九つの総主教座が正教会の中心地とみなされている。ちなみに、これらの表記は精確でない。簡潔さのために都市→国家の順としたが、正式名称は各自で調べてほしい。幸いなことに日本語wikiは、おそらく専門の方が手入れしているのだろう。相当に精確な情報を読むことができるのでオススメである。

 さて、では「正教会」は、今回のロシア/ウクライナの問題にどのように関わるのか。

 「正教会」世界における伝統的な筆頭格はコンスタンディヌーポリ総主教、いわゆる「全地総主教」である。しかし、現在、正教会の信徒数最大を誇るのがロシア正教会である。そして、じつは数年前から、ウクライナ正教会の帰属先について、全地総主教とモスクワ総主教の間で問題が起きている。ウクライナ正教会の独立自治、またその教会法的正当性の問題である。

 平たくいえば、宗教においてもロシアの影響から逃れたい人々が、ウクライナ正教会を分離・独立させようとした。もちろん正教会は多くの場合「ひとつの国にひとつの教会」という形態をとる。だから、ウクライナにはウクライナ正教会がある。しかし、その教会は当然ながらモスクワ総主教の管轄下にあった。それゆえ、今回のロシア/ウクライナ問題にみるように、政治的問題からロシアの影響の外にある「ウクライナ正教会」が求められた。結果、分裂状態となり、二つのウクライナ正教会ができてしまった。

 モスクワ総主教下に留まるウクライナ正教会と、そこから逃れたいウクライナ正教会である。そこに問題の仲裁者としてイスタンブール(コンスタンティノープル)の全地総主教が現れて、ロシアの影響から逃れたいウクライナ正教会を認めてしまった。

 結果、数年前から、ウクライナ正教会の自治権をめぐって、最大派閥ロシア正教会と筆頭格ギリシア正教会の対立状態が顕著になってしまった。詳しくはwikiを参考されたい:「モスクワとコンスタンティノープルの断交

 武力衝突/紛争/戦争にいたる過程には様々な要因があるから、この教会法上の問題をただちに戦争の原因とすることはできない。しかし遠因として、背景として指摘することは許される。すなわち、ウクライナ正教会の自治をめぐるモスクワ総主教と全地総主教の行き違いは、今回の宇露戦争の下敷きの一枚ではある。

 今回の戦争が何を意味するのか。宗教戦争で疲弊しきった欧州が1645年以降に模索してきた400年近いヴァストファーレン条約の枠組みが、いま崩れようとしているのかもしれない。またはソヴィエト連邦の崩壊に次ぐ、ロシアの崩壊を見ているのかもしれない。はたまた第三次世界大戦の幕開けか。歴史の只中を生きるぼくらには怜悧で相対的な視点は持ちえない。

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 ところで京都は四条・河原町に老舗でロシア料理の名店「キエフ」がある。歴史の奔流の中、時勢を一気に引きつけてしまった店名だが、絶品のウクライナ/ロシア料理を楽しめる店である。日本から遠く離れたユーラシア大陸の西でなされる戦争について、ぼくには何もできない。だから、せめて疫病下で営業を続けるロシア/ウクライナ料理を応援したいと思う。

 とくにキエフのビーフストロガノフ、ボルシチは最高である。今まで食べたどのビーフストロガノフよりも旨い。それに揚げたてのピロシキの味わいも忘れられない。

 もちろんSNSで流れてくる遠き戦火は他人事ではない。惑星全体がネットワーク化されていく現在、対岸の火事とは思えない。しかし物理的距離がある。だから、せめて日本にいるロシア人やウクライナ人には優しくありたいと思った。珈琲や紅茶くらいは奢らせてほしい。

 確定申告が終わったら、友人を誘って老舗レストランを訪れたいと思っている。主よ、憐れみ給え、キリスト、憐れみたまえ、キリエ、エレイソン。

【追記】※上掲記事を2月28日(月)0時半過ぎに更新。

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