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SS ○×△◽︎年 地球生活

はじめに

遥か未来、人類は宇宙から来た奇怪な生命体を5体ほど捕獲することに成功した。それらは宇宙人、というほどの知性はあるだろうが、どうにも見た目は奇怪な生き物で想像を超えた姿は世界から脚光を浴びた。その5体はもしかすると1体かもしれないように、子供が成形に失敗したクッキーみたいに体の色んなところでくっ付いていた。解剖学者が集まって分離させようとしてみるも、外側の膜が破れた瞬間2000度の鉄の液体が流れ出したり、硫黄の仄かな香りが香ったりと誰も解明できない存在であった。

ただ、彼らは人間生活を真似ようとしていたらしく、彼らが発見された付近の家では果てしない厚さの木の板に、葉っぱを擦り付けたり拾ったペンで殴り書きして文字を残した木の板の本が残されていた。それは間もなく朽ち果ててしまったけれど、データだけスキャンして読み取ったことで永存することとなった。その後、世界各地の学者が躍起となって翻訳に務めた。そして、若き天才ジョン・デリバード博士が解読して、本として出版するや否やベストセラーと扱われた。

宇宙生命体鬼才の奇書、そして遺書ともなる本作には、彼らが不可思議な思考を持った存在であることを誰もが期待して手に取った。が、その話に書かれていたのは彼らにとって如何に地球人類が珍妙な存在かと記載されているのみだった。

その本のタイトルは「地球生活」というものであった。実際に木の板が見つけられた年月を追記して「○×△◽︎年 地球生活」という名前で出版された。

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○×△◽︎年 地球生活


この惑星では、多種多様な形が存在している。同じ地球という惑星に存在しているにも関わらず、動く物、動かない物、周りの影響を受けにくい物から受けやすいものまで、ありとあらゆる物が形を成して存在している。彼らは互いに拮抗しあうことでより高度な進化を目指しているのだろうか。その中でもより多くの物を作り出す動く物が人間という物らしい。興味深いので、観察してみることにする。

まず、観察に便利な拠点を見つけた。そこには2つの人間が生きている。人間の外観として、全体は縦長く作られている。比較的太い部分から4つの細長い棒みたいなものと、1番上に乗っかっている丸い部分から出来ている。棒は自在に位置を変えて他の物を掴んだり弄ったりして使うようだが、乗っている丸い部分だけは用途が違うみたい。なぜか顰めたり引きつったり、人間同士で何かやり取りをするために使っているように見える。

大きな人間、小さな人間といたので、まず小さいのを観察することにした。その為に近寄ってみると、丸い部分にある2つの黒点がこちらを向いて、赤い空洞から大きな音を出した。おそらく鳴き声とも言える音とともに、反対方向を向いて移動し始めた。下についている2本の棒を器用に動かし、彼らにしては早い速度でこの場から離れようとしている。不安定に見える作りだと思っていたが、人間は自身も物として高い精度で操作できるように作られているみたいだ。

次に、観察対象を逃さないため、私はその小さい人間の前まで移動した。先程と同じく表面が歪み、また空洞を空けて音を出した。素材を確認するべく、歪んだ部分を試しに触ってみると、柔らかい。対象が動くのも面倒なので、今度は強めに空洞を抑えるように触り続ける。この丸い部分には、音を出す大きな赤い空洞と、小さな黒い空洞が4つ、黒点を動かしている謎の粘膜2つとあるように見える。試しに複数箇所抑えたところ、棒をじたばた動き回ってから突然動作が止まった。そして次第に冷たくなっていき、動く物から動かない物へと変化した。


次に大きい人間を観察するべく、動かない小さな人間を持って移動する。大きい人間は私たちの姿を見て、先程の人間同様丸い部分を歪めて大きな音で鳴いていたが、どうやらその音が途中から複雑な物へと変わっていく。次の音をよく言ってたみたいだ。おそらく人間同士ではお互いに音を出しあってコミュニケーションを取ることがあるみたいだ。意味は分からなかったが、次のような音が多かったことは記録しておく。

大きな人間の発した音リスト(宇宙生命体の記録からそのまま翻訳、痛ましい光景が目に浮かぶようだ)

「ばけもの」

「ころふ、ころす」

「とーます」

「むすこ」

「かえせ」

どうやら、大きい人間は私たちに対して何か物をぶつけてこようとしているみたいだ。金属の付いた棒切れを強く振り下ろしてくる。その動きを観測するに、人間の太い部分や細長い棒にはそれぞれ芯が入っていて、節々で途切れて曲がるように設計されているようだ。そのために表面が柔らかいのだろう。ついでに人間の棒を実際にちぎって確認すると、柔らかい部分の内側に白色の芯が入ってることを確認できた。赤い液体が大量に滴り落ちてくるので、確認するのに手間がかかった。ただ、棒を1本ちぎっただけでは人間はまだ動く物であった。彼らの体1つ1つを見てるだけでは動くのかすら分からない存在でしかないがもしかすると、人間は色んな物が機能的にくっついていることで1つとなっているのかもしれない。そして動くためには、空洞やら穴を塞ぎすぎたりしないこと、棒をちぎりすぎないことなど複数条件があるみたいだ。その後も試しに棒をちぎったり柔らかい表面を剥がしてみると、赤い液体が零しながら色が白くなり動きも止まってしまった。(不可逆的なため、動かなくなると戻ることは無いみたいだ。)

しばらく、付近の集落の人間の観察も行ってみることにした。短い日数ながら分かったことは、彼らに取って人間は動くように作られている存在であり、動かなくなることに果てしない恐怖を覚えていることだ。もちろん、集落の中でも棒切れが動かない人間も存在したが、丸い部分だけ動いて空洞に物を取り入れたり、音を出せる人間など何かしらの機能面がまだ使えている人間であることを確認した。彼らにとってコミュニケーションが取れるかどうかは大きな問題なのかもしれない。

動いて音を出せる状況を、彼らはイシキという言葉を用いて判別していた。なぜ、イシキがあることが大切なのかを私は追って確認してみることとしよう。



別日
(追記予定)

本の近くに置いてあった宇宙生命体作の絵

“宇宙から吹きこぼれた物、人間“
彼らも宇宙の物の1部であり、何ら変わりない存在
ただ、吹きこぼれた溶岩のように、不可思議な速い波を繋ぎあげる。電気や光の動きより、遥かに素早い。
(元の人間の家にあった絵を活用して作成しているようだ)




ああ、人間の生は果たしてどれほど大切なものなのか。
彼らは物から離れ、個々を願う。そして他と判別して、いかに個々が優れているかを競い合うだけでなく、優位な人間という存在として宇宙の中の地球の中の人間、そして神と成りたがる。

下らない思想のような、それを極めることで未来を作り上げていくような、本来今も未来も物同士の差も何も無いのに作り上げていく愚かさ恐ろしさ、そして壊れた好奇心と崩壊の元に成り立つ繁栄よ。

そろそろ、私は宇宙に帰ろう。母なる惑星の生みの親となる宇宙の1つへ。人間の繁栄ある未来へ繋がるその世界に、1冊の疑問を落として。

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