見出し画像

『元傭兵デリックの冒険』より「力鬼士(リキシ)の洞窟」#3

【前回】

大柄な男が小柄な男を背負い、スコップを杖に洞窟を進む。入口は塞がれ、松明も角灯もなく、暗闇の中を歩く。ところどころに光る苔やキノコがあり、ぼんやりと道を照らしている。「くそったれ」「ああ、神よ……」

出口を求め、風の吹いてくる方へ向かったデリックとヴァシリーだが、力鬼士は次々湧いて来て、次第次第に追い詰められる。光る苔やキノコも次第に増える。「な、仲間の方とかは」「いない。俺は単独行動だ」「兵士たちは」「あんたを見捨てた」「ひどい!」ヴァシリーは歯ぎしりした。

デリックは考える。あいつらが洞窟を出て町に押し寄せないってことは、洞窟から出られない理由があるんだろう。たぶん、まだ。こんな不自然な連中が自然発生するはずはない。ほおって置けばヤバいことになる。すぐに元を絶った方がいい。元は、この奥だ。背負ったヴァシリーを下ろす。

「ヴァシリーさん。神に無事を祈れ」デリックは、近づいてくる気配に向かってスコップを構えた。「俺は人事を尽くす」べちゃり、べちゃり、べちゃり……。何かが液体を滴らせて、歩いてくる。『GRRRRRRR……』異様な臭いがした。これまで嗅いだ中では、泥沼に棲むヒキガエルが一番近い。

それは、まさにそんな姿だった。ただしデリックより大きく、直立し、腰布を巻いている。全身は体液で濡れている。悪夢が具現化したような存在だ。「ひい……!」ヴァシリーはガタガタと震え、吐き気を堪えた。『GAMAA…BURAAAA……』それは裂けた口から言葉を発した。何を意味するのか。

「力鬼士の変わり種か」デリックは唾を飲み込む。やつの体表はぬらぬらと光っている。転ばせるために足を狙っても、滑りそうだ。体格も今までの連中より大きい。あれに掴まれたら……!「来やがれ、化物め!」デリックがスコップを振りかざす。ヒキガエルめいた力鬼士は頷き、しゃがんだ。

「!?」膝を曲げて前傾姿勢を取り、両拳を地面ぎりぎりに下げた。これは構えだ。体当たりを仕掛けてくる!『DOSSOI!』次の瞬間、猛烈な速度で力鬼士が突進!デリックはギリギリまでひきつけ、スコップを斜めに構えて突進を逸らす!「豚野郎!」ぬるり、とスコップに異様な感触が伝わる。

スコップの柄を掴まれていた。力鬼士はそのまま、片手でぼきりと折った。小枝でも折るかのように。「!」もう片方の手は、デリックの首を掴んでいた。喉輪だ。冷たく濡れた、ヒキガエルの体表の感触。「うっ……」死ぬ。このまま、小枝のように頚椎を折られる。妻の顔が脳裏をよぎる。

うわーっ!」叫び声。力鬼士の握力が一瞬弱まり、デリックはぬるりと喉輪を外す。「ゴボッ……ハァ、ハァ」力鬼士を見ると、足首に短剣が刺さっている。デリックのものだ。刺したのはヴァシリー。デリックの腰から抜け落ちた短剣を、ヴァシリーが拾い、無我夢中で刺したのだ。

「や、やった!ご無事ですか!」「ああ、ありがとよ!あんたは命の恩人だ!」デリックは笑い、落ちたスコップの柄で短剣の柄頭を叩く!『GA!』力鬼士は踏み潰されたヒキガエルのような声を上げた。怒り狂い、掴みかかるが、その前に!「もう一発!」KWAN!『GAAAA!』足が弱点だ!

「転べ!この野郎!」「わ、私も!」ヴァシリーはもう片方の柄で力鬼士の別の足を叩く!ぬるりと滑り、力鬼士は仰向けに転んだ!『AAAAGH!!』地面に体をつけた力鬼士は悶え苦しみ、シューシューと音を立てて溶け始める。やがて……ドロドロの液体となり、地面に染み込んでいく。

「や、や、やった……!」「こいつが親玉か?いや、まだいるな……」デリックは喉を撫で、ぬるぬるした体液を拭い去る。奇妙なことに、痛みはない。「……」デリックは、手の古傷に体液を擦りつける。すうっと消えた。他の傷も試してみる。消える。痛みも消える。活力が漲ってくる!

「……なあ、ヴァシリーさん。足はまだ痛むか」「は、はい。さっきのはもう、無我夢中で。あなたが死んだら私も……」「手当しよう。もう一度!」デリックはヴァシリーの足の包帯を外し、力鬼士の体液を傷口に塗り込む。「え、な、何を」「痛みは」「……あれ?」

ヴァシリーは驚いた。体液を塗り込んだ途端、痛みが嘘のように消え去る。そればかりか、超自然的な速度で傷口がふさがっていく。「すごい……!」「治療薬だ。こりゃいいぞ!」デリックとヴァシリーは、残った体液を急いでかき集め、山分けにして革袋にしまった。

然るべきところで売ればカネになる。宝石の原石より確実に。副作用も心配したが、いまのところなさそうだ。これでヴァシリーも歩けるようになり、デリックの荷物は減った。「良い事が続いた。次は―――」

「よして下さいよ、悪いことが」「伏せろ」気配が増えた。土の力鬼士たちが騒ぎを聞いて近づいて来たか。「……なんだ、この音は。歌か」デリックは訝しんだ。奇妙な節回しの歌が聞こえてくる。

Haaaaaaaaaaaa…Eeeeeee……

Hanaaaaooooo Atzuuuuumeteeee

Zinkuniiiyooomeeeeebaaaaayooooo…

Haaaaa…

続く

つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。