社会人予備軍

四月で大学四年生になる。否、なった。世間では改元改元と騒いでいるようだが、僕にとってより重要なのは「大学四年生」という冠の重さである。大学生活の締めくくり、そして社会という大海原の波音が徐々に大きくなってくる時期だ。

小さい頃、誕生日がやってくるのが毎年楽しみだった。「誕生日おめでとう」と声をかけてもらい、プレゼントを貰う。夜になれば、部屋が暗くなってケーキが運ばれてくる。恥ずかしがりながらもロウソクを吹き消して、またおめでとうと拍手される。数字がひとつ大きくなることで、何か知らないパワーを得た気になっていた。小学校、中学校、高校…と、誕生日は変わらず嬉しいもので、人生という壮大な双六のマスがひとつ進んだ誇らしさは不変だった。

大学一年生、二年生も誕生日は嬉しかった。特に20歳になった時は、世間から大人として認められた気がして自身を誇らしく思えた。ゆっくりと、しかし着実に双六が進んでいくことが嬉しかった。

21歳になり、はたと気づいた。誕生日が別に嬉しくないのだ。むしろ焦りの方が大きかった。当日には相変わらず「誕生日おめでとう」と声をかけてもらい、プレゼントを貰う。夜になれば、部屋が暗くなってケーキが運ばれてくる。恥ずかしがりながらもロウソクを吹き消して、またおめでとうと拍手される。でも、20歳も21歳も別に出来ることは変わらない。むしろ、大学生活のタイムリミットが近づいているという点で、21歳の方が劣っているのではないか。そんな漠然とした不安を、サークルに打ち込むことでかき消していたのかもしれない。

そして今日だ。春は出会いと別れの季節だ。年度が変わる毎に、僕はTwitterのプロフィールの「大学〇年」の欄を更新している。昨年までは、3月終わり頃に嬉嬉として新しい学年の数字に変更していた。ひとつ大人になった喜びをたたえながら。三月三十一日現在、僕はまだTwitterのプロフィールを更新していない。手が伸びないのだ。「四年」という響きは余りにも重い。ゆっくりと、しかし着実に双六は進んでいく。残酷なものだ。

昨日、僕はこの春から社会人になるひとつ上の先輩を見送った。
彼にはかなりお世話になっている。彼は地元の福井で就職が決まっていた。僕は当初は見送る予定ではなかったが、なんとか時間を空けることができたので、急いで東京駅に向かう。彼と高校以来の付き合いがある別の先輩と合流する。途中、先輩の彼女から「私たち二人とも泣きすぎてるけど笑わないでね」という連絡を受ける。
「あいつらここ一週間この調子なんだよね」
「そんなにですか」
と笑い合った。年度末の東京駅は人混みが煩い。会話もなかなか聞こえない。

ホームに到着すると、目周りがパンパンの二人がプラスチック製の椅子に仲良く座っていた。僕たちはその傍に立つ。

空気が重たい。普段は饒舌な先輩たちがなかなか喋らない。僕たちの姿を見て、また涙している。「経由地の米原、何かの手違いで通り過ぎないかな。そしたら俺、折り返してまた明日から東京に住むわ。」と軽口を叩く先輩がいちばん号泣している。その中ではいちばん関係の薄い僕から喋れる訳もなく、すすり泣く声と構内アナウンスだけが虚空に響く。

「まもなく、13番ホームに電車が参ります。○時○分発、新大阪行きです。」
やけに大きく聞こえた。聞きたくない音は大きく感じる。

惜しむ時間は短いもので、出発の刻が近づいてくる。最後に握手を交わす。
「社会人になっても、いつでも就活の相談受けるから。またすぐ連絡してこいよ。な?」
目を腫らしながら一言を頂戴する。
「えっと、あの。」
普段は口が達者なくせに、大事な時だけ言葉が出てこない。僕の悪い癖だ。
「お、俺らはいつでも東京で待ってるんで。俺も就活頑張ります。仕事頑張ってください。」
なんとか言葉を紡ぐと、視界がぼやけてくる。先輩と新幹線の輪郭が歪んできたのは裸眼のせいじゃない。横を一瞥すると、みんな下を向いて指を目頭に当てている。それぞれがそれぞれの思いを抱え、一言ずつ交わす。発車ベルが鳴り、彼女に背中を押されて先輩は新幹線に乗り込む。無情にもドアは閉まる。
「追いかける?」
「そうだね」
「そうしましょう」
新幹線が揺れると同時に、三者三様に走り出す。しかし、新幹線の初速は想定よりも数段早く、あっという間にホームから姿を消してしまった。
「映画みたいにできなかったね」
涙をかき消すように笑い合う。確かに映画でよく見るそれは、高校卒業後に都会へ向かう同級生に行う田舎の在来線での一幕だ。一通り笑うと、僕たちは吹っ切れたように改札へ向かった。

そういえば、あの瞬間、誰もスマホを構えていなかった。本当に感動した瞬間は、ストーリーではなく瞼に焼き付けるのだ。

思えば、彼らも皆明日から社会人だ。誰もが自分の知らないところで否応なしに大人になっていく。

春は出会いと別れ、そして成長の季節だ。
0時を過ぎ、帰途に着いた僕は、Twitterのプロフィール欄に手を伸ばした。「3」の文字を消して「4」に書き換える。僕も、今年もまたひとつ、双六のマス目を先へ進めた。

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