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看板娘

「あした大阪に帰ることになったわ。
じゃあねぇ~」

故意にあからさまに大人げなく
そっけない態度で別れの挨拶をした。

「う、うん。じゃあね…」

引いた様子の彼女も簡単に
別れの挨拶を返した。

彼女の横にはわたしの先輩がいた。
楽しそうに会話をしている姿に
無性に腹を立てていたのだ。

わたしとその先輩を含む10名の営業マンが
大阪より東京に出向にきていた。
アパートを借り上げ男子寮のように
1Kの部屋にそれぞれ住んでいた。

中でも最年少のわたしと4つ上であった
先輩とは仲がよかった。
休みの日はよく出掛けたし、
仕事でも東京のメンバーとあわせて
4名のチームで動いていたため
公私ともにお世話になった方だった。

ワイシャツとスーツが戦闘服だったので
専ら休日の朝は各々コインランドリーと
クリーニング屋さんにまず向かった。

むさ苦しく話題に飢えていた
男どもは可愛い女の子が
クリーニング屋さんにいるという噂で
もちきりだった。
なぜか先輩たちは遠くの
クリーニング屋さんに
行くな~とは思っていたが
そういうことのようだった。

離れたクリーニング屋さんで
アルバイトを彼女はしていた。

わたしも興味本意で先輩たちが利用する、
クリーニング屋さんに行ってみることにした。
一週間分のワイシャツとスーツの重さに
嫌気が差しながら道中文句をひとしきりに
言ったあたりで到着した。
そこで彼女は素敵な笑顔で出迎えてくれたのだ。

思わず両手で抱えた荷物を落としそうになる。
ロングヘアーの彼女は髪をひとつにまとめ
エプロン姿がなんとも素敵だった。

「クリーニングですね?」

「…」

「あの?」

「あ、クリーニングお願いします!」

ベタな反応ではあったが
実際の反応はベタそのものだった。

彼女は小柄な身体をせっせっと動かして
手慣れた様子でポケットの中をチェックし
選り分けていく。

「さっき先輩さんたちも来てましたよ?」

呆けていたわたしに声をかけてくれたのだ。
関東において関西弁の集団は異質らしく
覚えていてくれていたのだ。

あまりにも突然だったわたしはそっけなく
返事をしただけだった。
会計を済ませ帰宅した。

そのときは休日の楽しみがひとつ増えたくらいに
しか思っていなかった。

そのあとも休日の度に足しげく通った。
出勤していない日もあったが
出勤している日は世間話のようなことを
ポツポツ話をするようになったのだ。

それから程なくしていつものように
ワイシャツとスーツをクリーニングに
だして帰宅しているときだった。
その日は会えなかったなぁ~と
物思い耽っていると、いつもとは
違い長い髪を下ろした彼女が前から
歩いてきたのだ。

いつもの素敵な笑顔で挨拶してくれたのだ。
わたしが帰る方向から歩いてきたので
とくにイヤらしい意味もなく
お家が近いのか聞いた。

案の定この辺に住んでいるらしく
近いのでアルバイトをしているという
ことだった。

とりとめもない話を一通りしたあとに
あまり引き留めるのも良くないなと思った
わたしはお仕事頑張ってね~と会話を終わらせた。

丁寧にお辞儀をしてくれた
彼女に対しダメもとで
連絡先を聞いてみた。

思いの外、すんなり連絡先を交換することに
成功したのだ。

それからメールでのやりとりをして
夕食にいくことになったが
気恥ずかしさから二人きりでは
彼女も抵抗があるだろうと
勝手に決めつけた、わたしはその仲の良い
先輩も同席させることにしたのだが
それが失敗だった。

盛り上がった会話が繰り広げられていた。
わたしは蚊帳の外となってしまったのだ。

わたしにとって最悪の食事会になってしまった。

その後も何度か食事することになったが
緊張からか、どこか挽回を試みるべく
仕掛けようとしているのか
上手く会話ができなかった。

そうこうしている間に大阪より
帰還命令が発令されてしまったのだ。

最後の別れを言うべく先輩とともに
会うことになった。

やはりわたしは蚊帳の外となり
楽しそうな会話が繰り広げられている。

やはりわたしは最後の最後まで
上手く会話をすることができず
東京を離れることとなった。

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