暖かいゴミ箱、冷たい世間。(つまり、ゴミはゴミ箱へ)

目が覚めると、ゴミ捨て場に倒れ込んでいた。臭い。ダメだ頭が割れるほど痛い。何も思い出せない。とにかく、臭くて、気持ち悪くて、頭が割れるほど痛くて、喉が渇く。

財布も携帯も持っていなかった。いや、なんとなくわかった。これは盗られている。俺は無一文で、連絡手段もない。恐ろしい状況を悲観しようにも、割れるほどの頭痛が全ての思考を放棄させる。

視線を上げると、通勤中のサラリーマンが好奇と蔑みの眼差しをこちらに向けながら通り過ぎていく。見てんじゃねー殺すぞ!と怒鳴りつけたくとも喉が渇き切って声も出ない。そもそも怒鳴りつけたとて、今の俺は逆ギレされたら一瞬でボコボコにされてしまうだろう。

鉛のように重い身体を七転八倒させながらも、起き上がらせて、身体を引きずりながらタクシーを探す。

頭痛に邪魔されながらも、僅かな思考を働かせて気付いた。ここは上野だ。上野駅の周辺だ。そして、さらに思い出す。昨日酔いに任せて最後に酒を飲んだ辺りから記憶がない。明らかに盛られている。クスリか、眠剤か、はたまた毒か、、とにかく不味いことになった。店の場所など全く思い出せないが、変な南米系の女が居た気がする。ただ、あのビールを飲んでからパタリと記憶がない。こいつは一本取られた。参った。完全にやられている。

なんて言ってる場合ではない。これが覚醒剤なんかだったらちょいと面倒臭い。明らかに盛られた被害者ではあるが、こんな意識朦朧のアル中の説明なんぞ誰が聞いてくれようか。警察に保護されるも、とりあえずブタ箱へ。なんて展開だけはなんとか避けたい。だって私は前科持ち…。難儀なことだ。

おっと更にまずいことを思い出してきた。今日は朝の10時から会社の催しだ。しかも、俺が幹事だった気がする?おそらくまだ7時前、間に合うのか?いや、無理だ。金も、携帯もない。そもそも頭が割れそうだ。行かなきゃまずいが、行けるわけがない。だめだ、いっそのこと死にたい!誰か殺してくれ。

そんなことを考えながらも、なんとかタクシーを止めて、投げ飛ばされたかのように後部座席に身体をねじ込んだ。東村山の〇〇町〇丁目の〇〇まで!とつっけんどんに告げて目を閉じた。が、運転手は明らかに不審がっている。ええい、面倒臭い。

ちょっと東村山だと(料金が)かかりますよ?

かまいません。

あの、ちょっと酔ってらっしゃるみたいですが…

いえ、シラフです。

でも…

えぇい!なんでもいいから目的地にいってくれ!金はいくらでも払うから!頼むから!黙って出してくれ!

イラつきと、具合悪さと、やるせなさと、死にたさと、不思議と湧いてきた心強さで遂に私は怒鳴ってしまった。すると、運転手は諦めたようで(納得はしてない様子ではあるが)ため息ひとつと共に車を発車させてくれた。

道中も地獄だった。タクシーの時計を見ると時刻は8時ちょい前。こうなってくると会社の予定はもう間に合わない、しかも携帯がないから連絡もできない。もうだめだ、そこは諦めよう。いや、冷静に考えたら絶対にまずいのだけれども、今はこの頭の痛さと、喉の渇きと、謎のクスリで死にかけた身体の方が大切だ。とにかく水分と、安静と、睡眠。これがないと俺の命はここで尽きてしまう。ええい、まだ新宿周辺か、家はまだまだ遠い。喉が渇いたが財布も携帯もない、すなわち無一文だから飲み物も買えない。脱水で死にそうだ。干からびそうだ。これが本当の東京砂漠なのか、なんぞ思いながら、タクシーの窓から空を見ていた。とにかく、家へ。。

無一文ではあるが、家にはクレカがあった。友達に頼まれて作ったクレカで、特段使うアテもないから、財布にも入れずに部屋に置きっぱなしとなっていた。まさか、ここで役に立つとは、持つべきものは友だな、営業の成績不振で友達すらカード顧客にする節操のない友こそ、大切な友達なのかも知れない。

タクシーは1時間近くかけて我がマンションの下についた。喉の渇きはピークで、意識は半分飛んでいた。声を振り絞り、金は今手元にない、部屋にクレカがあるから待っててくれとタクシー運転手に遺言のようなテンポで伝えた。が、彼は納得しない。そりゃそうだ。こんな胡乱で呂律の回らない酔っ払いの酔狂など誰が信じるだろうか。どう考えても無賃乗車常習者ではないか。それは、仕方なし。

私は先ほどまで怒鳴りつけてた高飛車な態度を改め、平身低頭、運ちゃんに一緒に部屋まで着いてき欲しいと懇願した。運ちゃんはまたしてもそれを了承してくれた(決して快くではなく、不満たっぷりに)

部屋に着くと私は膝から崩れ落ちながらも、冷蔵庫まで這いつくばって進み、その中から飲みかけの爽健美茶を発見すると一瞬で飲み干した。そして、そのあと空っぽの冷蔵庫を呪詛しながらも喉の渇きに耐えかね、流しに顔をつっこみ水道水を飲んだ。少しだけ死が遠ざかった気がした。

そして、ピンボールのように壁に激突しながら部屋の中を進み、机の引き出しからクレカを取り出すと、再び百姓一揆の如く壁に突っ込みながら玄関に戻り、運ちゃんにカードを渡した。

運ちゃんが車両に戻り決済手続きをしている間、私は玄関に座り込んで、あぁこのまま地球が滅びたらいいのにと夢想に耽っていた。

しばらくして、運ちゃんが信じられない額のレシートと共に、玄関に戻ってきた。が、もう今の私にはそんなことはどうでも良かった。もう何も怖くなかった。諦めが私を成長させたのだと思う。私は誇り高くその領収書を受け取ると、運ちゃんにお礼を言って玄関を閉めて、再び流し台で水道水を飲んだ。そして、喉が潤うと、空いたペットボトルに水道水を注いで、それを片手に寝室へと向かった。

財布もない、携帯もない、会社のイベントを無断バックれ中である、もしかしたら薬物が身体に入ってるかもしれない、財布の中の銀行のカードもクレカも止めてない、止めようにも携帯がない。てか携帯も止めてない。もう全てがどうでも良かった。それくらい頭が痛いからだ。全てがまずいのだけれども、それよりも身体を優先せざる得ないほど、今の私は具合が悪い。

来ていたスーツを脱いだらそれを床に叩きつけて、ベッドの脇の目覚まし時計を意味もなく壁に叩きつけて、私はパンツ一枚で寝床に入った。

もう知らん。どうとでもなれ。なんもわからん。寝る。寝る。とにかく寝る。

そう決めて布団に入るも、頭痛で全く寝れなかった。そして、吐き気がしたが、具合の悪さからトイレまで辿り着かず廊下で吐いてしまった。が、当然片付ける気力もないから放置した。あとで考えてよう…今は命が大事だ。そう言い聞かせて寝室に戻り、グアングアンする頭を押さえて目を瞑った。とにかく眠ってしまいたかった。

そんな悲惨な状況だけど、一つだけ私を安心させることがあった。どうやら、クスリで意識を失っていたが、掘られては居ないし、悪戯もされてないっぽい。お尻周りに問題はないし、チンチンの周りにも異常はなかった。それだけは良かった。と心から思った。そして、俺のアナルはまだ新品だ。と訳のわからぬ安心感と布団に包まれてやっと私は眠りについた。

眠りから覚めた後は、紛失届を出しに警察に行ったり、会社に謝り行ったり、銀行行ったり、免許の再発行したり、ととにかくやる事と怒られる事だらけだったから、その先はもう書かない。なんか書いてて疲れた。

でも、こんな最悪の出来事は私に一つだけあることを教えてくれた。死んだ方がマシな状況でも、人間は具合が悪いと、とりあえず身体の回復とケア優先させてしまう。そんなことを知った24歳の秋だった。


ってことで、、

おわり

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