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若い間しか現場に入れない

私は製造業の現場で生産性カイゼン指導の日々を送っています。この世界では現場で培った経験がモノを言います。
 
社会人新人の最初10年くらいはずっと下積みだったでしょうか。工具箱を持って設備故障だらけの製造現場を、朝早くから深夜まで走り回っておりました。

当時の工具箱。私の「保全魂」の宝物としてずっと大事にしています。今は自宅のDIY用の道具箱ですが。

生産設備のオペレーターをしていた頃の「金差し」。
生産終了後の設備分解洗浄はオペレーターの大事な仕事のひとつで、金差しは手の届きにくい隅を掃除するのに多用します。
 
金差しの先の角が取れて丸くなっているのは、何百回と設備を分解して掃除しているうちに、すり減って角が取れてしまうのです。今では私の「現場魂」の象徴として、ただの日常の文房具のひとつとして筆箱に収まっています。
 
この頃に得た経験は私にとっての宝物です。
 
今や私は間接部門のスタッフとして、多くの工場を訪問しながらカイゼン指導をしています。
現場に何らかの課題があるとき、それに対してどう働きかけるか。そういうときに私は多くの場合、ほとんど「調査」ということに時間を掛けません。
 
現場下積みの当時、私は工場内で発生するあらゆる作業を自らの手で体験しました。すると、課題意識を持って生産現場を俯瞰しようとする私の意識は、時空を超えてあらゆる作業者の視点を事細かに再現し、疑似体験をしながら、全体観と具体論の間を自由に行き来するのです。
 
仮に「ある小売業の物流を最適化したい」という仕事をコンサルが請け負ったならば、コンサル会社は調査から着手するでしょう。こんなデータが欲しい、あんなデータが欲しい。こういう計測は出来ないか。そして多くの場合は、その視点自体が既に現場の実態から乖離していたりします。
 
私の場合は、その小売業に例えるならば、物流倉庫でのフォーク作業、出荷指図の伝票処理、トラックの運転、バックヤードの入庫処理から売り場への品出し、営業終了後のレジの締め方からPOSデータの扱い方までを、全て担当者レベルで経験している状態です。「こんなシステムを導入したら」、「発想を変えてみたらどうなるだろう」、あらゆることが脳内で完結してシミュレート出来ます。
 
課題のある工場に入って調査する必要があり、その工場を初めて訪れるとします。
入った時の雰囲気。従業員の表情。内部の清掃状態や設備の様子。極論を言うと、立ち入って10分ほどで、その現場が持つ根本課題が何なのかが大体分かります。
 
社会人最初の数年を下積みするだけで、生涯にわたっての財産となる視野を獲得することが出来るのです。ところが、これを最初に経験しようという人は、なかなかいません。大学で学位を取得し、製造業へ「総合職」として入社する人の多くは、製造現場は「高い視野から眺めるもの」で、自らが入っていくものではない、と思っているようなのです。なぜだか分からないのですが。
 
若いうちしか現場に入ることは出来ません。最初の10年が勝負、30代にもなるともう厳しいかな、と感じます。厳しい肉体労働だから若いうちしかできない、そんな理由ではありません。
 
「お茶が出てきたらもうおしまい」と私は言っています。30代も過ぎると、もう年齢だけで、貫禄が出てきてしまいます。それが問題なのです。

本社の中堅、30代「生産技術者」が現場の実態を学びたい、と工場にやって来ます。現場経験が無いので実務に関してはど素人です、どうか教えてください。どんなにへりくだっても、応接室へ通され、お茶を出されます。工場幹部の概要説明を受けた後に、「現場見学の準備が整いました」と声を掛けられ、安定稼働している一番成績の良いラインを10分ほど案内され、うやうやしく説明を受けます。現場の本質には全く迫ることが出来ません。
 
若手のぺーぺー。小僧のような顔つきをしている間に、現場に入る必要があります。現場に入っても、そもそも無視されます。なんとか仕事を探して、身を粉にして汗だくで作業を手伝います。
鬼軍曹のような職人肌の係長が、「何だお前、ちょっとは役に立つ奴だな。こっちの作業もやってみっか。」とか言われ、やがてアゴで使われるようになります。そのような状態で現場に入らないと、勉強にならないのです。
 
私は五十路に近付きましたが、机上の仕事ばかりしていると感覚が鈍るという危機感があって、現場を見回って係長が困っていたりするとすぐに「あ、それ俺が手伝うよ」とかいって作業に入ったりします。
 
さすがに歳とともに役職とかも付いてくるのですが、そういうものを「邪魔だなあ。」と思っています。役職があることで現場のメンバーが遠慮し始め、私にとっては自分が現場に食い込むスピードを遅らせる足枷にしかならないからです。



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