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私の嫉妬その7:カラオケが上手い

日本のカラオケ文化が苦手な私はそもそも他人とカラオケに行くことがほとんどないのだが、たまに行ったときにいつも感じることがある。

みんなカラオケ上手すぎでしょ……。

私も決して下手というわけではない。むしろ子供の頃から歌を習っていたし、大学では合唱サークルに入っていたのでそれなりに歌える部類に入っているはずだ。それでも、気持ちよさそうに高らかに大声で歌う他人の姿はうらやましいを通り越して嫉妬してしまう。合唱で歌えることと、カラオケが上手いこととは必ずしも相関しないのだ。

カラオケが上手いことの何が良いかって、気持ちよく歌えること、達成感があること、自己肯定感が満たされることだろう。

歌が上手い人や十八番がある人ならわかるだろうが、いい感じに歌えると顔や頭に声が程よく響く。それがたまらなく気持ちいいのだ。日頃抱えているストレスや閉塞感をぶち破ってくれるかの如くびりびりと響く。大声で、あるいはしっとりと歌い上げるのはこれ以上ないほどの快感といえるだろう。

人は誰しも一つのことをやり抜くとやり切ったぞ! という感覚を味わうことができる。それは受験勉強からマラソンや料理、ベルマークの仕分けまでさまざまだ。そしてそれはカラオケも同じで、最後までしっかりと歌えると非常に達成感が湧くものである。カラオケが上手くないとなかなか思うように歌うことはできず、フラストレーションがたまりがちになる。それでは元も子もなくて、カラオケなんて行くもんかと思うのも無理もない。

勉強ができる、運動ができる、仕事ができる、料理が上手い……等々、自己肯定感を満たしてくれるようなことは色々あり、(カラオケが上手い=歌が上手い、は必ずしも成立しないだろうが、大体の場合)歌が上手いことを証明するカラオケもそうだったりする。短時間で手軽に自己肯定感が満たされるのだから、そりゃカラオケが上手い人にとってはいいよな、と不満げな私。

カラオケが上手いことでこれだけのメリットがあるのだから、さぞかし生きやすいだろうな、とまで思ってしまう私は嫉妬深いだろう。カラオケ文化なんてはじけ飛んでしまえばいいのに。カラオケの話を聞くと、腹の中に負の感情が渦巻いてくる。

それでも夫婦でならカラオケに行く機会は多い。それは妻に嫉妬せずに済むからで、つまり……察してやってください。

ブログとはまた違ったテイストです。