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「ロサンゼルスのバス停 #3」

 ターニャと階段を登り、グリフィス天文台の広々とした屋上に出る。映画やテレビで見知ったそのままの景色だ。ピンク色の空の向こう側に太陽がゆっくり沈んでいく。観光客は思い思いのポーズで写真に収まっている。遠くに見えるあの白く大きなサイン。ーHOLLYWOOD。京都の五山送り火の大文字といい、山に浮かぶ巨大な文字にはどこか惹きつけるものがある。ほのかにありがたさすら感じてしまう。スマホを持ったターニャに促され、僕はばっちりとピースを決め、写真フォルダに自分の顔データがまた増えた。

 バス停で出会ってからかなり打ち解けた僕らは、当然のように次に行く場所を話し合っていた。彼女はこれから公園で行われるライブを見に行くようだ。アメリカでのローカルバンドの演奏を見られるのは楽しみだ。ターニャは歌を歌うことが好きなようだ。彼女が自室でカバー曲を歌う動画を見せてくれる。日本ではお耳にかからない豊かな響きのソウルフルな歌声だ。オリジナル曲もすこしずつ作り始めているらしい。

 高台から市内に移動し、地下鉄駅を目指す。ロサンゼルスの電車は6路線あり、街の主要範囲を概ねカバーしている。車社会であり渋滞問題は深刻のようだ。行政は交通機関の利用を促進しようとしているらしい。

「計算したら、道路の面積より、車の面積のほうが多いらしいよ!もうひどいよね!」

 目を思いっきり縦に伸ばしてターニャは言った。なんだかよくわからなかったが、地元の人たちが日々頭を抱える問題であることは間違いない。

 長いエスカレータを下る。地下鉄は地中深く、駅のデザインは簡素で、硬質な金属の匂いがほんの少しする。改札前で、カードを買いチャージする。tap card。一回の乗車で1.75ドル。安いもんである。旅行先で交通機関に乗ることには小さなハードルがあり、ゲーム性を感じる。攻略に必要なリストのようだ。

今のところの旅の攻略リストを書き出してみよう

・空港の税関での受け答え ✔️

・ タクシーアプリの使用 ✔️

・宿泊先でのチェックイン ✔️

・食事、チップ文化へのとまどい ✔️

・街中でのスモールトーク ✔️

・バス停で意気投合した人と遊ぶ ✔️

・その人とライブを見に行く ✔️

・その後結婚 ✖️ 

・グリーンカード取得 ✖️

・こどもを5人授かる ✖️

などだ。

 15分ほど電車に揺られ、駅に出る。先程のハリウッドの街中とは雰囲気が違い、出た瞬間にごみが風で飛んでくるような駅前だ。道路わきにはビニール袋をぶら下げた物売りが、どこに埋もれていたかという靴を並べている。買い求める人は特に見当たらない。

 先には開けた公園が見える。太陽は落ちて、多くの街灯に照らされて人の影が行き来する。公園の中心らしき方向へ向かうと、音楽のベースの低い音が聞こえてきた。かと思うと向こう側の坂道から、子どもたちがスケボーのようなソリで猛進してくる。ノーブレーキで急な角度を曲がり、うまく僕ら通行人を避ける。ターニャもこれが日常と言わんばかり、意に介せずお腹減ったねなどと言いながら歩く。

「そうだね、じゃインドカレーでも食べようか。」

つづく


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