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『カッコーの歌』フランシス・ハーディング(東京創元社)

☆4.7

20世紀初頭、11歳のトリスは別荘滞在中に高熱を出して意識をなくした。
どうやら池に落ちてずぶ濡れになっていたらしい。
その上、熱のせいか前後の記憶がなくなってしまい、周りのことも少し曖昧に感じている。
目覚める時に聞こえた「あと七日」という耳ざわりな声や笑い声が頭に残るが、一体何のことかわからない。
なくした記憶に関係があるのだろうか。

時を同じくして、トリスの体にも異変が起こりはじめる。
恐ろしい飢えを感じるほどの空腹に悩まされるようになったのだ。
いくら食べても収まらない空腹に情緒も不安定になりがちだ。
父親は"あの男"と呼んでいる男と何かトラブルを抱えていて、トリスが池に落ちた件もどうやら無関係ではないようだ。
そして何故か妹のペンにはすごく嫌われている。
癇癪もちのようにわめいたり、にらんできたり、ついには「偽物」と罵られるまでになってしまった。
朧気に思い出す記憶にも、不穏な影がつきまとう。
何かがおかしい。
止まない異常な空腹感も、トリスを追いつめる。
目覚める時に聞こえる声は、カウントダウンのように日数が減ってゆく。

そんな中、家族の目をぬすみペンが家を抜け出すことに気付き追いかけた先で、思わぬ真実を知ることになる。



読み始めた時には、こんな展開になるとは思ってもみなかったお話です。
人は一つの面から見えるものだけではちっとも理解したとは言えないし、思い込んじゃいけないと改めて教えられました。
それがメインの人物だけでなく脇役までも書かれているのが、流石のハーディング。
ハサミでちょっきんと割り切れた要素だけの存在なんてないよね。

目覚めてから自分のことすらわからなくなってしまうトリスだけど、共に進む存在ができてからは前半の覚束なかった足取りとは変わって、迷いながらも地に足ついてとにかく進んでいく姿がいじらしくもとても勇敢。

中盤からずっと「頑張れ!頑張れ!」って思いながら読んでた。
その勇気も意気地も狡さもためらいも足掻きも、全部全部包み込んで抱きしめてあげたい。

ラストシーン、きっと背筋を伸ばして凛としてるだろう彼女の後ろ姿に、いつまでもいつまでも手を振って見送ってあげたい。

大好きだ。





以下ネタバレで。





毒親〜っ!!!!(IKKOさんのどんだけ~のノリで)

まじ、これにつきます。
めちゃめちゃ管理されて抑圧されてるトリスも可哀想だけど、ペンはきっと放っておかれたりしたんだろうな。
セバスチャンも時間に囚われてしまって、本当にこの両親ろくなことしてない。
それでも二人は、真面目に愛しているつもりだったんでしょうね。
自分が見たい姿だけを人形に投影してるようなものだと気づきもしないまま。

偽トリス、ペン、そしてヴァイオレットの三人で動くようになってから、暖かい気持ちになったり、カウントダウンに胸がキリキリしたりと、心がとても忙しかった。
この三人がちゃんと幸せになれるのか、祈るように読み進めた。
こんなにも大好きになってしまったから。
ペンがこの家族の中でちゃんと幸せになれるのかだけが心配だけど、あの行動力とバイタリティには感心せざるをえないので、なんとかいろいろぶち破って生きていってくれるはず。

トリスタの一番好きなセリフは「わたしは飛びこめっていってるの」です。
あぁ、あなたは間違いなくただ一人の「トリスタ」なのねと思えるから。
ありのままのその命で、輝いて生きていってほしい。


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