黄帝内経素問集注(異法方宜論篇12-2)

翻訳

北方とは、天地によって隠された領域です。
(西北は陰の方位です。したがって、隠れた気が存在し、そのうち北がより強いです。)

その土地は高い山に囲まれ、風が冷たく氷が凍っています。その地の人々は野での暮らしと乳食を楽しんでいます。
(地が高く陵に住んでいる。西北の勢力です。風が冷たくて氷が凍る。陰気が優勢です。野での生活と乳食は、北方の人々の性質です。)

内臓の寒さが憎悪の病を引き起こします。その治療には艾が適しています。したがって、艾は北方からもたらされたものです。
(秋の収穫の気は内部に収束し、冬の冷気は直接至陰の下に閉じ込められます。このため、土地は中空で寒いです。胸と腹の間に膨張と充満の病が生じます。艾は「冰台」とも呼ばれ、氷を削り円形にし、日向に向けて持ち上げます。その上に艾を置いて影を受けると、火を得ることができます。陽は陰から生まれ、火は水から生まれます。艾は水の中の真の陽を引き出すことができるものです。北方は陰と寒さが支配的です。陽気は閉じこめられます。艾を用いた灸法は、元陽を至陰の下に通じるようにする効果があります。したがって、灸法も北方からもたらされたものです。人間は天地と共に存在しています。天は寒暑が交互に来るものですし、人も陰陽が出入するものです。古典には「内陷すれば灸すべし」とあります。どの方角の人々も陽気が隠れてしまうと、艾を用いることが適しています。したがって、艾の治療法も北方からもたらされたものです。董帷園は言いました。「ですから、虚弱な寒さによる膨張と充満の病気は、温めて補うことが適しています。元の陽気を活性化させることが重要です。寒いものや涼しいもの、攻撃的な薬剤を誤って使用してはいけません。」)

南方とは、天地によって長く養われる領域です。陽気が最も盛んな場所です。
(南方は夏の長い気候を主導する地域であり、そのために陽気と熱気が豊かに存在します。)

その土地は低く、水と土が弱いです。霧や露が集まる場所です。
(地勢は東南に傾斜しており、そのために土地は低くなり、水と土が弱くなります。地が低いことで湿気がたまりやすく、その結果、霧や露が集まる地域です。)

その民は酸味を好み、食べます。そのため、その民は皆理に従い、赤みを帯びた色を持っています。その病は攣痺(けんび)です。
(腐敗することを意味し、豆豉や醋、醤などのような腐った食物です。腐敗することで物質が濃密になり、酸味は収斂効果があるため、肉の質は緻密になります。酸味は木の性質を持つため、外見が赤く見えます。多くの霧や露が湿気を持ち込むため、その病気は攣痺となります。金西銘は言いました。「五方の民のうち、東方の人々は塩味を好むため、本来の色が黒いです。南方の人々は酸味を好むため、生まれた色が赤いです。色は味から生じるものです。陽気は気であり、味は陰です。東方は春に生まれる気を主導し、民は下位の塩味を好みます。南方は成長と拡散する気を主導し、民は収斂する酸味を好みます。これは陽の鹿が陰の龜を好むことや、潜む龍が飛ぶ燕を好むことのように、天性から生まれるものです。」)

その治療法は微細な針を使用することです。そのため、「九針」と呼ばれる治療法も南方からもたらされたものです。
(南方の気は外に浮かんで成長し拡散する傾向があります。そのため、皮膚を微細な針で刺激する微細な針治療が適しています。針には九つの種類があり、微細な針は鋒が細く、浅く刺激する針です。)

中央地帯は平坦で湿潤です。天地が万物を生み出すための基盤です。
(中央とは土の位置です。地が平坦なのは土の構造であり、湿潤は土の気です。土は万物を変化させて生み出す力を持ちます。中央に位置し、四方に気が広がることから、多様な生物が誕生する基盤となります。)

その民は多様な食物を摂取し、労働をせずに過ごします。そのため、その病気は多くの痿(ゆう)、厥(けつ)、寒熱(かんねつ)があります。
(四方からの影響が集まるため、多様な食物が摂取されます。これらの食物は体内で変化し、栄養されますが、四肢は労働をせずにいるために活性化されません。四肢は陽気の源となる部位です。痿(ゆう)とは、手足の気が逆流し、筋肉が弱く使えなくなる症状です。平脈篇によれば、「陽脈が不足すると、陰脈がその上を乗り越えると、寒気が洒淅として現れます。陰脈が不足すると、陽脈がそれに乗り越えると、発熱が現れます。」寒熱は、手足の三陰三陽の経絡の病気です。つまり、中央の土地に住む人々は、四肢を労働させずにいるため、気と血が四肢に行き渡らず、痿厥寒熱の病気が多いと言えます。)

その治療法は導引と按蹺(あんきょう)です。そのため、導引按蹺という治療法も中央地帯から派生してきました。
(導引とは、手を持ち上げて足を引っ張ることです。按蹺とは、足を高く上げてマッサージすることです。中央の地域の変化する気は四肢に充分に行き渡らず、そのため四肢を導いて按摩することで血と気の流れを促進します。中央の地域の変化する気は中央から四方に広がります。そのため、導引按蹺の治療法も中央から四方に広がっています。莫子晋は言いました。「東南から西北に至る道。西北から東南に至る道。それが来る(來)です。中央から四方に至る道。それが出(出)です。」)

そのため、聖人は多様な方法を組み合わせて治療し、それぞれが適切な方法を得ます。
(天は四季の気を持ち、地は五方の適切な特性を持ち、人々は異なる住まいや衣食を持ち、治療法も針灸や薬物、食事の違いがあります。したがって、聖人は時に天の気に従ったり、地の特性に合わせたり、人々の病状に応じて針灸や毒薬、導引や按摩を用いたりして、多様な方法を組み合わせて治療し、それぞれに適切な方法を選び取ります。)

したがって、治療法が異なるが、病気が全て回復するのは、病気の性質を理解し、治療の大まかな方針を把握するからです。
(病気は同じでも治療法は異なります。例えば、外部において癰瘍(ようよう)のような熱毒が強く発現する場合、針や砭(へん)が適しています。毒がまだ完全に排出されていない場合は、毒薬が用いられます。内側に陰毒が侵入している場合は、艾が適しています。また、四肢に湿邪が留まり、痿や厥(けつ)の病気が現れる場合、針や砭が適しています。気と血液が適切に流通しない場合は、按蹺や導引が適しています。治療法が異なるが、病気が全て回復するのは、病気の発生原因が天候や地域の気候、人々の生活習慣や欲望によるものであることを理解するからです。また、治療法は時に五方の地域の特性に応じたり、個々の体質や気の流れに合わせたりする必要があります。このように治療法の大まかな方針を理解し、東方では針や石が適しているかもしれないし、西方では毒薬が適しているかもしれないといった執着は必要ありません。聖人は多様な方法を組み合わせて治療し、それぞれが適切な方法を見つけています。古代の人々が寒さを避けるために動いたり、暑さを避けるために陰処にとどまったりすることで、陽気が陥没せず、脹満の病気が現れなかったことが示されています。体を労わりながら疲れを感じないようにすることで、気と血液が適切に流れ、痿や厥、寒熱の病気が現れなかったことも示されています。このようにして、毒薬は内部を治療することはできず、針や石は外部を治療することはできません。これが身体の精気を修養し、天地の陰陽に勝ることができる方法です。)

原文

北方者。天地所閉藏之域也。
(西北方、陰也。是以閉藏之氣。惟北更甚。)

其地高陵居。風寒冰冽。其民樂野處而乳食。
(地高陵居。西北之勢也。風寒冰冽。陰氣勝也。野處乳食。北人之性也。)

臟寒生滿病。其治宜艾 。故艾 者。亦從北方來。
(夫秋收之氣收於內。冬藏之氣。直閉藏於至陰之下。是以中土虛寒。而胸腹之間。生脹滿之病矣。艾名冰台。削冰令圓。舉而向日。以艾承其影。則得火。夫陽生於陰。火生於水。艾能得水中之真陽者也。北方陰寒獨盛。陽氣閉藏。用艾 灸之。能通接元陽于至陰之下。是以灸 之法。亦從北方而來也。夫人與天地參也。天有寒暑之往來。人有陰陽之出入。經曰:陷下則灸之。即四方之民。陽氣陷藏。亦宜艾 。故曰:艾 之法。亦從北方來。董帷園曰:故凡虛寒脹滿之病。治宜溫補。啟發元陽。不可誤用寒涼克伐之劑。)

南方者。天地所長養。陽之所盛處也。
(南方主夏長之氣。是以為陽熱所盛之處。)

其地下。水土弱。霧露之所聚也。
(地陷東南。故其地下而水土弱。低下則濕。故霧露之所聚。)

其民嗜酸而食 。故其民皆致理而赤色。其病攣痺。
( 、腐也。如豉 醯醢之類。物之腐者也。致、密也。酸味收斂。故肉理致密。酸乃木味。故外見赤色。多霧露濕氣。故其病攣痺也。金西銘曰:五方之民。舉東方之嗜鹹者。則見本色之黑。南方之嗜酸者。則見所生之赤。蓋色生於味也。夫氣為陽。味為陰。東方主春生之氣。而民嗜藏下之鹹。南方主浮長之氣。而民嗜收斂之酸。有若陽鹿之嗜陰龜。潛龍之嗜飛燕。皆出於天性之自然也。)

其治宜微針。故九針者。亦從南方來。
(南方之氣。浮長於外。故宜微針以刺其皮。夫針有九式。微針者。其鋒微細。淺刺之針也。)

中央者。其地平以濕。天地所以生萬物也眾。
(中央、土之位也。地平、土之體也。濕者、土之氣也。化生萬物。土之德也。位居中央。而氣溉四方。是以所生萬物之廣眾也。)

其民食雜而不勞。故其病多痿厥寒熱。
(四方輻輳。萬物會聚。故民食紛雜。化養於中。故不勞其四體。四肢為諸陽之本。痿痺者。手足之氣逆。而痿弱不用也。平脈篇曰:陽脈不足。陰脈乘之。則洒淅惡寒。陰脈不足。陽往乘之。則發熱。寒熱者。手足三陰三陽之脈病也。蓋言中土之民。不勞其四體。而氣血不能灌溉於四旁。是以多痿厥寒熱之病矣。)

其治宜導引按蹺。故導引按蹺者。亦從中央出也。
(導引者。擎手而引欠也。按蹺者。喬足以按摩也。蓋中央之化氣。不能充達於四旁。故宜導按其四肢。以引血氣之流通也。夫中央之化氣。由中而及於四方。故導引按蹺之法。亦從中而四出也。莫子晉曰:由東南而及于西北。由西北而及于東南。故曰來。由中央而及於四方。故曰出。)

故聖人雜合以治。各得其所宜。
(夫天有四時之氣。地有五方之宜。民有居處衣食之殊。治有針灸藥餌之異。故聖人或隨天之氣。或合地之宜。或隨人之病。或用針灸毒藥。或以導引按摩。雜合以治。各得其宜。)

故治所以異。而病皆愈者。得病之情。知治之大體也。
(所謂病同而異治者。如癰瘍之熱毒盛於外者。治宜針砭。毒未盡出者。治以毒藥。陰毒之內陷者。又宜於艾 也。又如濕邪之在四肢而病痿厥者。宜於針砭。氣血之不能疏通者。宜按蹺導引。所以治異而病皆愈者。得病之情者。知病之因於天時。或因於地氣。或因於人之嗜欲。得病之因情也。或因五方之民。而治以五方之法。或因人氣之生長收藏。而宜於針砭艾 。或宜於毒藥按蹺。是知治之大體。而又不必膠執于東方之治宜砭石。西方之治宜毒藥也。是以聖人雜合以治。而皆得其所宜。再按上古之民。動作以避寒。則陽氣不致陷藏。而無脹滿之病矣。陰居以避暑。則元氣不致外弛。而無攣痺之証矣。形勞而不倦。則氣血得以流通。而無痿厥寒熱之疾矣。是以毒藥不能治其內。針石不能治其外。此修養吾身中之精氣。而能勝天地之陰陽者也。)

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