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お袋の味は思い出せないけど、感じられる

「お袋の味」といえば、お母さんの作ってくれた、馴染みのある懐かしい味。素朴だけど安心する。

わたしにもあるのかと思い、考えてみた。

しかし、なかなか思い出せない。母はフルタイムで働いていたから、帰宅が20時近くなることが多かった。そのため、週の半分くらいは近所に外食しに行ってた。いや、もちろんもう半分は作ってくれたはずなので、手作りごはんは食べていたはずだ。

でも、外食の記憶しかない。手作りの思い出に残るごはんがどうしても思い出せなかった。

子ども頃、誕生日のとき好きなものをリクエストして用意してもらったのは

ケチャップオムライス、牛乳を加えて温めるコーンポタージュスープ、フルーツポンチ、チキンナゲットが定番だったので記憶に残っている。でも特別なメニューだし、1年に1回なのでお袋の味という感覚ではない。

お袋の味は感じるもの

そんなある日、突然お袋の味に再会した。馴染みのコーヒー店でランチをいただいた時のこと。日替わりランチで、この日は「ごはんdeランチ」という定食風のメニューだ。

カボチャと冬瓜のそぼろあんかけをメインに、炊き込みご飯や味噌汁に、副菜など。

その時これを一口食べた瞬間、頭の奥から何かが聞こえてきた。

炊き込みご飯

お母さんが作ってくれた炊き込みご飯と同じ味。母が作ったのは混ぜご飯だった(混ぜご飯は具を最後に混ぜ合わせる)が、ごはんに染みこんだしょうゆ味、鶏肉、そしてゴボウの豊かな風味が母の味を思い出させた。

何だか、懐かしいなあ。

そう感じた瞬間に、混ぜご飯にまつわる記憶が甦ってきた。 母の作った混ぜご飯は、定期的に出てくる「おかずも兼ねたごはん」。特別に美味しい!とテンションが上がるものではなかったけど、味のついたごはんが食べやすく、必ずおかわりをしに行ってた。

そう、お袋の味は頭でなく、五感が覚えているものなのだ。食べた瞬間に舌で感じる味覚、匂いを嗅いだ瞬間に鼻で感じる嗅覚がそれに当たる。五感はその時の記憶と紐付けられて、自然に食べたときの状況や行動が頭に浮かんでくる。

自由で活発な母は、忙しいながらもいろいろこしらえてくれてたのだ。

わたしはこの定食ランチを、時間をかけて噛みしめながら、過去の思い出と向かい合うのだった。

(カボチャの煮付け、結婚してからは家族が苦手だから作らないけど、実家では母がよく作ってくれたなあ)

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