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光の跡

12月27日、星野源の最新EP『光の跡/生命体』が配信された。

ジャケット写真と『光の跡』というタイトルを見た瞬間、自分が好きなやつだと予感した。

僕は、映画や小説、音楽や美術、どんなジャンルでも光を感じる作品を好む傾向がある。
それは多分、無意識的に救いを求めているからだと思う。

心の中で、ほぼ毎日生まれてくる不安。
こっそり隠れている日もあれば、チクチクした痛みの日もある。
たまに、心が呼吸できないくらい締めつけてくる日もある。

そんな不安から救ってくれるのが、光を感じる作品だ。

しかし、ただ優しくて、甘くて、あたたかい光が好きなわけではない。
はかなさと、寂しさと、あたたかい”何か”を感じる光が好きだ。

朝日が昇り始めて、街に光が照らされていくようなイントロを聴いて、やっぱり自分が好きなやつだと思った。

惹かれ合うのは なぜ
ただ「見て、綺麗」だと手を引いた
海にゆれる 光の跡

この歌詞を聴いたとき、鎌倉で見た景色が思い浮かんだ。

自分が好きな光は、この夕日にすべて詰まっている。

消えてゆくのに なぜ
ただ 忘れたくない思い出を
増やすのだろう

忘れたくない思い出があるから、自分で命の火を消さずにいられる。

いずれ、絶対に消えていく命の火。

その日がやってくるまでは、忘れたくない思い出という薪を増やして、命の火にべていきたい。

終わりは 未来だ

夕日が沈んでいくにつれ、儚さや寂しさを強く感じた。
それとほぼ同時に、心の内側に染み渡るような安心感やぬくもりを感じた。

終わることは悲しい、だけじゃない。
終わりがあるということは、あたたかくて安心する。

終わってからも光が残ることを、このときの夕日が静かに優しく教えてくれた。

それを光跡こうせきと呼ぶと、星野源が教えてくれた。

このミュージックビデオは鎌倉で撮影されたということを知り、勝手に不思議な縁を感じて、また鎌倉に行きたくなった。

MVは鎌倉で撮影したんですけど、そのときもちょうど夕日が沈んでいくタイミングで、ものすごく綺麗だったんですよ。人もたくさん集まっていて、みんなで写真を撮っていて。そんな光景を見ていると、世界ではいろいろなことが起こって、いろいろなことを乗り越えたり発展したりしてきたけれど、結局この夕日の力には敵わないんだなと思えてきて。もう何千年も前からこの美しさに感動しているという点では、人間は全く変わっていないんですよね。そういう人々が意味もなくやり続けていること、美しい夕日を見て「綺麗だね」と言っている感じがサウンドのイメージとしてずっとありました。それが歌詞を書いていく過程でどんどんつながってきて。本当に長い目で見れば、人の命や文明そのものも一瞬だけ光って消えていくだけの光跡に過ぎないんですよね。

リアルサウンド(https://realsound.jp/2023/12/post-1531875.html

読んでいただきありがとうございました。