見出し画像

「音楽デジタルマーケティングの教科書』〜はじめに(全文公開)〜

 本書は日本初の音楽に特化したマーケティング本です。Part1は、SNS、YouTube、TikTok、サブスクなどの主要ツールの実用ガイド。Part2は最新の音楽ビジネス解説。Part3は読みやすい対談やインタビューコンテンツ。Part4はこれから学びたい人への導入としました。どこから読んでいただいても結構です。また各章には、2021年から開催している音楽デジタルマーケティング講座のレポートを掲載しているので、トップランナーたちによる講義の熱気もお楽しみください。

音楽(デジタル)マーケターの時代

 CD等のパッケージからデジタルサービスに音楽の主戦場が移ったことで、音楽ビジネスでやるべきことが変わりました。
 音楽消費は、サブスクサービスでの楽曲再生とコンサートでの体験の2本が柱です。いずれも動画サービスが大きな影響力を持っています。DSP(サブスク)での再生促進と動画配信での拡散が音楽ビジネスにおいて最も重要になりました。デジタルサービスは、ユーザー行動が可視化され、マーケティング行動に再現性を持ちますので、デジタルと音楽に精通したマーケターに活躍の場が開けます。
 これまでは、音楽業界およびメディア業界での人的コネクションと、音楽に対するフィーリングが音楽関係者に必要な感覚で、「勘と運と根性と人脈」が重要視される業界でした。しかしデジタル時代の音楽ビジネスは、音楽への愛情とアーティストへの理解を持った上での、科学的な手法による仮説検証的なアプローチが重要になっています。本書の目的は、デジタル時代に活躍する音楽マーケターを増やすことです。
 レコード会社や事務所や音楽出版社がマストで必要な存在ではなくなり、個人でも活動できる時代に、アーティストにとって最も重要なビジネスパートナーは音楽デジタルマーケターです。レーベルや事務所で働く際でも、最も必要な知識はデジタルマーケティングです。
 そして日本の音楽界は、世界で一番デジタルマーケティングが遅れているので、本書のスキルを手に入れれば音楽ビジネスで活躍することができます。デジタルサービスはクラウド型のグローバルサービスですから、デジタルマーケティング=グローバルな音楽活動の道標です。音楽ビジネスにかかわるすべての人にマーケターセンスが必要な時代です。「デジタルとグローバルの時代」の音楽を活性化し、豊かにするために、音楽マーケターの活躍が待たれています。

知っておきたい3つの著作権

 とはいえ、旧来の音楽ビジネスの仕組みの中にも知っておくべきことは存在します。特に原盤権、音楽出版権、実演家の著作隣接権/肖像権はデジタルマーケターにとっても必須の知識です。
 原盤権は、デジタル時代の基本となる権利です。レコーディングの費用を出した人が持つ権利(レコード製作者の著作隣接権)と捉えられてきましたが、デジタル化によって、レコーディング費用が著しく安価になり、アーティスト自身が原盤保有者となるのが当たり前になりました。
 DSPにおける売上も5割強が原盤権利者に分配されています。レベニューシェア(収益分配)スタイルでマーケティングを行なう場合は、マーケターも原盤権からの分配を受けることになりますので、敏感に知識を持ちましょう。
 音楽出版権は、楽曲に対する作詞・作曲家の権利です。音楽界で単に著作権と言うと音楽出版権を指す場合が一般的です。楽曲に対する音楽出版権は、カバー(歌ってみた等のUGM含む)での利用やテレビ等の放送番組、カラオケ、BGM等々、あらゆる場面で発生しますので、幅広く収益が得られる特徴があります。DSPからは15%の分配が世界標準になりました。原盤制作費の低廉化に伴い、出版権への比率が上がる傾向があり、これは今後も続きそうです。
 上記2つ以外に、実演家(歌ったり演奏したりするアーティスト)に紐づく権利があることを知っておきましょう。歌唱、演奏、舞踊などのパフォーマンスは著作権法上は「実演」と呼ばれ、実演家にも著作隣接権は生じます。また、動画では肖像権も発生しますので、アーティスト自身の権利として重要です。
 音楽マーケターは、この3つの権利について構造的に理解しておきましょう。自分が、なにから収益をあげようとしているのかを踏まえることはすべての前提です。物やサービスの単純なマーケティングと音楽マーケティングの最大の違いの1つは、権利ビジネスであることです。

主戦場は DSPとUGMとSNS

 原盤からの売上のメインは、DSPになります。音楽ストリーミングサービスを世界に広めたのはスウェーデン発のスタートアップSpotifyです。プレイリストプロモーションやスキップレート、旧譜カタログ作品の活性化などのトレンドはSpotifyから始まっています。DSPを知るためには、Spotifiyにおけるマーケティングをしっかり理解することから始めましょう。
 デジタル時代の特徴は、マネタイズと宣伝が一体化したことです。DSPで再生されることはラジオで流れるような宣伝的な意味と、CDの売上の意味の両方を兼ね備えているのです。
 UGM、動画サービスは音楽ビジネスの基本です。YouTubeにない音楽はこの世にないのと同じと言ってよいでしょう。YouTubeチャンネルはアーティスト活動の基本です。しっかり活用できるようにスキルを身に付けるべきです。
 昨今のヒットの震源地はTIkTokです。スマホに特化した縦型ショート動画は、爆発的な拡散力があります。TikTokの躍進を見て、YouTube ShortやInstagramのReelsなども始まっています。TikTokの最大の特徴は、徹底したAI活用です。アルゴリズムによって再生される動画が自動で選ばれます。
逆に動画サービス側から見ると、音楽の存在は不可欠です。ショート動画の隆盛によって、映像と音楽の関係は強まりました。今後、さらに長尺動画やポッドキャスト、インタラクティブなゲーム、メタバースでの音楽使用など、デジタル空間全体で音楽の役割は強くなり、あらゆる表現やコミュニケーション、ビジネスの中で不可欠な存在となっていくでしょう。
 情報のインフラがSNSになっていることは音楽には限りません。デジタル時代のアーティスト活動はSNSが基盤となります。しかし、必ずしもSNS的なコミュニケーションに長けたアーティストばかりではありませんので、マーケターがしっかりと導いてあげましょう。
 DSPと動画サービスとSNSの3分野で、適切なデータ解析、仮説検証、継続的なマーケティングが最重要な時代です。素晴らしい音楽を広げるために、戦略が立てられ、必要に応じて自ら手を動かせる音楽マーケターを1人でも増やすことが本書の目的です。
 連動したWebサイトにはテストを設けています。筆者たちは、実践に挑戦したい人のためには、「音楽マーケティングブートキャンプ」を実施、音楽マーケターのコミュニティ(MusicMarketingLab)を通じて、仕事紹介なども始めています。本書が皆さんとコミュニケーションを取るキッカケになれば幸いです。

山口哲一
脇田 敬



モチベーションあがります(^_-)