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音楽のマジックが起きた!~バンコク・ソングライティングキャンプ詳細報告

 2月19日〜22日にタイ・バンコクで、日本人とタイ人の合同でのコーライティングキャンプを行いました。僕が企画して、VIPO(映像産業振興機構)という団体に持ち込み、経済産業省のビジネスマッチング事業の一環として行なっていただきました。昨年の台湾・台北に続いての実施です。
 今回は、音楽に携わっていると時折遭遇する、「音楽のマジック」に久しぶりに触れる機会となりました。本記事では、そんなミラクルな出来事となった「THE ASIA SONG WRITING CAMP in Bangkok」についてレポートします。


日本タイそれぞれで公募⇨選考された20人のソングライターたち

  日本では、VIPOで公募しました。

40名の応募があり、そこから、
1)プロ作家としての実績があること
2)コーライティングの経験があること
3)外国人と創作できるコミュニケーション能力、英語力があること
の3つの基準で、選考委員会を作って、10人を選びました。VIPOから、できるだけ多くの人にチャンスをということで、同じレベルの人がいたら、昨年の台湾のキャンプ経験者別の人にするという方針が出て、そのようにしました。タイまでの渡航費は自己負担、現地での宿泊費食費などはかからないというのが参加条件です。
 タイでは、現地側と取りまとめてくれたMCT(MusicCopyrightThailand/タイのJASRACのような著作権徴収団体)が公募しました。

 こちらも40人以上の応募があって、MCT理事の音楽家4人で選考して、10人に絞ったそうです。

<日本人参加クリエイター(順不同)>
今井大介 
中村崇人 
田辺望
TSINGTAO
ながしまみのり
Yuka Niijima
山崎あおい
米澤森人
にゃんぞぬデシ
Kaz Kuwamura(オーガナイザー・アシスタント兼任)

試聴会後の記念撮影:疲れもありつつ、達成感のある笑顔の日タイクリエイター20人

<タイ人参加クリエイター>
Nixsa Saenjaibal
Patravee Srisuntisuk
Kevin Sirinavin
Petepong Phasukyud
Guncharlie
SMEW
SIN

Satta Rojanagatanyoo
Po Posayanukul

Apicha(Tong)Suksangpet

 日本人だけのキャンプだと3人チームにすることも多いのですが、これまでの海外キャンプの経験値を踏まえて、「成功確率」が高い組み方である日本人2名タイ人2名の4人1組にしました。一日1曲を仕上げるという世界標準のやり方です。クリエイター同士の出逢いも重要なので、組み合わせは毎日変えていきます。

コミュニケーションは英語+音楽

 2月19日夕方、会場となったCentara Life Government Complex Hotelに全員集合して、オリエテーションと懇親会が行われました。MCTが手配してくれた場所は、バンコク市内の北部、行政組織があるようなエリアの4星のシティホテルでした。バンコクには10回以上行っていますが、立ち入ったことのないエリアです。観光的な面白みはないですが、安全で清潔で、ホテル内のレストランも美味しくて、こもって作業するにはよい空間でした。参加者が一箇所にまとまっていると言うのは安心感もあり、オーガナイザー的に助かりました。

ホテル内にはこんな看板も。MCTの力の入れ方が感じられます 

 オリエンテーションでは、運営側スタッフと参加クリエイターが1人ずつ自己紹介をしていきました。英語を喋った場合はそのままですが、日本語タイ語については、運営のトラリ・エンタープライズに日本に留学経験のあるスタッフが同時通訳的にサポートしてくれました。Nunさんは本当に優秀で気配りができて助かりました。ちなみにTORARI代表の池内有里さんとは、2006年にGRAMMYの新人開発部門でオーディションをやってもらって、16歳のMayを選んでSweetVactionというユニットを始めたときからコーディネートしてもらっているので、18年のお付き合いということになります。タイでなにかやる時にはいつもお願いしているビジネスパートナーで、優秀かつ信頼できるビジネスパーソンです。彼女なしでは今回のキャンプの成功はありません。気づけば、タイとの御縁も長くなりました。

日本人は英語で挨拶、日本語で補足
タイ人は英語で挨拶、タイ語で補足

 自己紹介の後は日本側、タイ側のターゲットアーティストを説明しました。日本側はA&Rとつながるがあるアーティストをピックアップして、方向性をオリエン。目玉は、新メンバーが加わり、アジアでの活動を強化しようとしているLittle Glee Monsterでした。
 タイからは、4組のアーティストが紹介されました。最終日の試聴会にはアーティストやレーベル A&Rが参加してくれたのは嬉しかったです。
 チーム編成を発表し、三日間のタイムテーブルなどを説明した後に、その場で、食事をしながらの懇親会となりました。
 作家同士の会話は基本的には英語ですが、たとえ語学力が高くなくても、伝えたい気持ちがあれば、音楽に関する話ではわかりあえるものです。僕もオリエンテーションのスピーチで、「I guess music is universal language」と言いましたが、みんな頷いていました。

4人1組で毎日組合せを変え、8時間で1曲を完成させる3日間

チーム分けでは、毎日違う人と組み合わせました
作業場所は、日本人トラックメイカーの部屋が基本
作業机とスピーカーやケーブル、鍵盤などは主催者が手配

 朝10時スタートで18時終了が基本。タイ人クリエイターも同じホテルに泊まり込んでいるのでスムーズです。ホテル内のレストランに3食になりますが、朝昼はビュッフェ形式で、洋食、タイ料理、寿司などもあって、しかもとても美味しくて飽きることはありませんでした。

レストランでも作戦会議。他のチームとも話せて一石二鳥
スタッフルームにはビールや軽食があり、毎夜飲み会に

試聴会にはタイのアーティストやA&Rが参加。その場で採用!!

 3日目は、18時厳守でデモをアップ。18時半には試聴会を開始するので、ボールルームに集合です。ちなみに、創作中のコミュニケーションや楽曲のアップは、山口ゼミCo-Writing Farmで普段使っている、作曲家版Slack、Co-Writing Studio を使いました。英語のコメントを基本にして、連絡事項も共有します。帰国後の、楽曲に関する進捗状況についても、引き続き、全クリエイターと共有しています。基本情報が公開されていることが、物事の進捗をスムーズにしますし、安心感にも繋がりますね。

 気合の入ったクリエイターたちは時間厳守で集まってくれて、タイのゲスト関係者も18時半には揃って、東南アジアの緩さとは不似合いな(失礼w)
緊張感のある試聴会の始まりになりました。

クリエイターたちは安堵しつつ緊張の試聴会前

 日タイ英堪能な司会者(日本タイハーフだそうです)にサポートしてもらいながら、僕が曲名と参加作曲家、ターゲットアーティストなどを読み上げながら、デモを再生していきます。全15曲を一気に聴きました。

タイの音楽関係者ゲストも20人以上集まってくれました

 そこで、タイ側のオーガナイザーであるKohさんを呼び込んだのですが、驚きの展開となりました。その場に集まっていた、アーティストとA&Rに対して1曲ずつ、採用の意思があるかどうか、挙手を求めたのです。僕もこの10年間、いろんなライティングキャンプをやってきましたし、A&Rを呼んだこともありますが、その場で判断というのは初めてでした。なんと15曲中9曲に手が挙がりました。中には複数のA&Rから挙がった曲もありました。否が応でも場のテンションは上がっていきます。

もう誰がタイ人か日本人かわからない(笑)全員ミュージシャンです。

 そこでお腹も空いてきますし、ブレイクタイムとして飲食の時間をはさんで、参加クリエイターが一人ずつ壇上に上がって、感想を述べました。タイからは、LIPTA、Serious Bacon、ROOFTOPの3アーティストが来てくれていたので、同じくコメントをもらいました。
 会場にいる全員に仲間意識が生まれたのでしょう。どんどん交流の輪がひろがっていきました。その日の深夜便で帰国のクリエイターもいましたが、みんなぎりぎりまで飲んで盛り上がっていました。

 帰国後の話ですが、Little Glee Monster宛で作った曲も高評価で、キープをいただきました。デビュー時からのA&Rであるソニー灰野さんから「新しいLGMの音楽を模索する中で、よいバランスの立ち位置な楽曲である気がしました」とのコメントを頂いています。リリースまでたどり着くかどうかまだわかりませんが、アジアでの活動を強化しようとしているリトグリの戦略の中に組み込んでもらえたら面白いなと期待しています。アジアのクリエイターの化学反応が伝わっている気がしています。

左からSerious Bacon、ROOFTOP、LIPTA
Kohさんからお土産いただき笑顔。最高のジェントルマンでした

日本よりもクリエイターファーストに「進化」していたタイの業界慣習

 さて、タイに関する後日談です。
 9曲の採用希望曲の条件の確認を進めています。事前に大枠は決めて始めていますが、日本とタイで業界慣習の違いはありますので、実際に採用するレーベルと詰めていくことになります。
 例えば、タイなどアジアのレーベルでは、CDでの著作権料は、音楽出版社が介在せずに、直接レーベルが分配するという業界慣習が普通でした。デジタル化で、著作権印税は全てMCTが管理するといようになったと聞いていました。一方でいまだに「買い取り」的な条件の場合もあるとの情報もあり、改めて条件を詰めていったのですが、意外な「進化」をしていることを知り、驚いています。貴重な情報だと思うので、現状でわかったことをシェアします。

 MCTとのミーティングのために僕が作った図です。コーライティングのシェアについては、普段と同じです。作曲家に紐づくオリジナルパブリッシャーと、その国で管理開発を受け持つサブパブリッシャーの比率は、色々あるようですが、一旦、サブパブが出版社取り分の2割という目安で進めています。

4人のソングライターのコーライティングでの分け方です。

 お金の流れも整理したほうが良いと思い、タイでリリースした際のパターンを二種類に分けて書きました。

著作権管理団体と音楽出版社と作曲家の関係図

 Kohさんが提示した条件は、驚くべきものでした。

<タイ側から提示されている条件>
・著作権印税(MCTから分配される通常の著作権印税):通常の分配率
・楽曲採用契約金:1曲につき1,000USドル
・アレンジ料:レーベルごとに確認、調整(10~20万円程度が相場?)
・レーベルからの印税分配:原盤制作費リクープ後の収益(原盤印税相当)から、クリエイターに分配(6%程度が相場?)

 著作権印税は、基本的に日本と同じです。驚いたのは、楽曲採用時点で、ソングライターに1000ドルが払われるということです。印税前払い(アドバンス)かと思って確認したのですが、そうではないようで、日本には無い習慣です。「採用契約金」とでも言うのでしょうか。
 アレンジ料はレーベルにもよるようですが、日本より若干、相場が安い印象です。一番驚いたのは、原盤制作費がリクープされた以降は、クリエイター側にも収益分配があることです。日本でいうと、プロデュース印税、編曲印税みたいなものですね。

 これがタイの音楽業界の平均的な条件では無いと思います。おそらくMCTのKohさんが、レーベル側に対して、タイ基準での上位条件を認めさせてくれているのではないかと推測しています。ただ、極端に特殊な条件という様子も無いので、こんな立て付けになっているのでしょう。
 冷静に考えると、日本の業界慣習よりも、クリエイターをリスペクトした、かつデジタル時代に合致した合理的な条件になっているなと、日本より進んでいるなと思いました。

 日本の音楽業界はいまでも、CD時代と変わらない条件を作詞作曲編曲家に示しています。結果として、極端に安い印税になるケースがめずらしくなくなっています。20年くらい前までは、CDのイニシャル(発売日のプレス枚数)は、5000枚以上が当たり前で、数万枚というのが珍しくありませんでした。わざわざコンペを実施するようなアーティストであれば、少なくとも5万枚〜10万枚という見込が有ました。シングル、アルバムで二回、ライブ盤、ベスト盤などと、まとまった印税収入の期待が普通にありました。
 CDが売れなくなり、デジタルの場合はロングテール化(インディーズ含めて競争相手が多くて、最低再生回数を大手レコード会社も担保できない)があって、超少額の印税のケースが出てきているわけです。レコード会社は、自分たちも苦しいのだから、クリエイターも共有してくれという感覚があるのかもしれませんが、創作、制作の労力は変わっていません。編曲料以外に「最低保証」的な金額の導入が日本でもあるべきだなと思いました。昨年の台湾キャンプでも2曲リリースがありましたが、印税アドバンスが必ずあって、契約時に10万円前後は作曲家に支払われるのが台湾の業界慣習のようです。中国本土の作詞作曲編曲全部買い取り50~100万円(時にはもっと高額のケースも)がクリエイターにとって良い条件とは個人的には思っていませんが、デジタル時代にクリエイターにしっかり収益還元していくという意味では、アジア諸国のほうが先に行っていることは感じます。
 デフレが長く、円安になっていて、日本の貨幣価値は相対的に落ちています。今回のバンコク滞在でも、生活感覚での物価はにほんとほとんどかわらなくなってるなと感じました。10年くらい前までは、1/3くらいの物価感でしたから、差は一気に縮まっていますね。
 日本の音楽業界は、クリエイター・ファーストをもっと考えるべきですし、日本の作曲家はアジア市場も有力な稼ぎ場所として意識するべきです。

 今、日本政府は本格的に「クリエイター支援」を国策にしようとしています。「コンテンツ産業を日本の基幹産業に」というのも本気です。最近は内閣府、経産省、自民党の委員会などに呼ばれて、定期的にお話する機会があり、具体的な政策に落とし込もうとしている熱意を感じます。レコード会社側も真剣に考えないと、ディストリビューターとインディーアーティストとクリエイターを国は直接支援するということで、「蚊帳の外」になってしまうかもしれません。
 音楽を創るのは音楽家ですから、「適切な収益還元」は音楽ビジネスで最も大切なことなのは言うまでもありませんね。

新たな音楽ムーブメントAsian Popへの予感と興奮

 西洋に植民地化されず、王国で仏教国で、宗教的な禁忌もないタイは、文化的な蓄積と、都市カルチャーがあるという意味で日本との共通点が多い国です。経済成長も著しい中で、タイ音楽界との繋がりを濃くしていこうと思います。
 K-pop旋風も一息つき、アメリカ市場でのHIPHOP比率も下がっているという音楽トレンドがある中、洗練されたドメスティック・ポップシーンを持つ、タイと日本の、高いクリエイティブ力をクリエイターがコラボレーションすることで、新しいAsian Popムーブメントが生まれるのではないか、そんな予感に興奮しています。

 今回のキャンプに参加してくれた日タイの音楽家の皆さんは、才能にあふれ、モチベーションも高い20人でした。彼ら彼女らと一緒の時間を過ごせたことが幸せに感じています。
 音楽の仕事を長年していると、たまに音楽にしか無いマジックに遭遇することがあります。それが一番の喜びでもあるのですが、今回のバンコクキャンプは間違いなく、音楽の魔法が作動した、ミラクルな場でした。すべての関係者に最大限の感謝を捧げたいです。

 タイの音楽界的なタイミングが良かったようで、今後につながる話が既にたくさん出てきています。今回ご紹介した条件についても、最終的にどんなふうに着地するか、個別案件に支障がない形で、ノウハウとして多くの方々の共有していくつもりです。続編をお待ち下さい
 日本人の強みは日本だけ見ていてはわかりません。日本の音楽家たちに、グローバル目線をもってもらえるように、情報発信を続けます。タイに限らず、アジアには日本人のチャンスがあふれています。
 拡散協力やご意見、ご質問など待っています。

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