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【文芸センス】芥川龍之介『トロッコ』⑤文学とは何か?

 これまでの①から④の記事で、「小説とは、臨場感や共感を与えることで、読者を物語の世界にいると錯覚させる文章である」という定義のもと、『トロッコ』の文章を詳しく分析しました。

 もちろんそれは、小説というものを読み解き、また自分で執筆する上で、非常に重要な知識であることは疑いようがありませんし、芥川龍之介が『トロッコ』の中で、臨場感と共感を、極めて高い次元で我々に与えてくれるのも事実です。

 しかし、果たしてそれだけのことで、この『トロッコ』が芥川龍之介の代表作の資格を有し、百年経った今でも、名作として読み継がれている理由と言えるのでしょうか。

 たしかに小説は、読者を物語の世界に引き込んでくれますし、読者はそれを楽しみに小説を読みます。しかし、それは小説の娯楽としての側面でしかありません。すくなくとも『トロッコ』には、娯楽性だけではない、深く読者の心に刻まれるテーマがあるし、それがあるからこそ、名作として読み継がれていると思うのです。

 そして、その「深く読者の心に刻まれるテーマ」こそが文学性であり、それを有する小説こそが文学と呼ばれるのではないでしょうか。

 この記事では、『トロッコ』の持つ文学性を検討し、また、「文学とはそもそも何なのか?」という問題について考えを進めます。

芥川龍之介『トロッコ』

⑤文学とは何か?

青空文庫 芥川龍之介『トロッコ』


蛇足

 まずは、『トロッコ』の持つ文学性を探ります。

 トロッコの構成をもう一度ご覧下さい。

【1】工事用のトロッコが良平の家の近くにあった。
【2】トロッコに乗せてもらって楽しかった。
【3】だんだん遠くに来たことが不安になってきた。
【4】一人で帰ることになり、泣きながら走った。
【5】大人になった良平。

『トロッコ』の構成

 【1】から【4】は子供の時の回想です。一方、【5】では、良平の大人になってからの生活が、ごく短く語られています。実は、『トロッコ』の文学性を探るための鍵を握るのは、最後の【5】のパートです。

 これまで【5】は、この記事で扱ってきませんでした。それは、裏を返せば、【1】~【4】だけでも、小説、つまり娯楽作品としては完成しているということです。

 乗り物で遊んだり、夜の闇に恐怖したりという、誰の心にもある幼少期の思い出。そういう記憶を鮮やかに呼び覚ましてくれる小説は、それだけで価値のあるものです。

 『トロッコ』が、もし、そのような作品を目指しているのだとすれば、大人になった姿を描く【5】は、いたずらに読者を現実世界に引き戻すだけで、もはや蛇足ですらあるでしょう。【4】で終わっていたほうが、むしろ、小説としては美しかったかもしれません。

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