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ザルの中のすずめ

陽射しはあたたかいのに風がつめたい。
そんな日は家から出ずに窓辺で陽の光だけを浴びたいと思う。何もしなければ何も得られないなんて事は百も承知でも、抗えない寒さには抗わないのが僕だった。今では嫌でも外に出なければならない日がよくある。

外に出なくたって、楽しい事はたくさんあるのに。

いったいなにを求めているのだか。




僕が子どもの頃住んでいたところは、山脈からの風が冷たくて、陽射しが良い日でも風が冷たいのでとても嫌だった。すぐに耳が痛くなるのだもの。だから冬休みは居間のこたつに入って、頬杖をつきながら窓から見える庭をよく眺めていた。みかんをむきながら、むっくりとしたスズメが庭にやってきて、ぴょんぴょん跳ねるのをみる。石油ストーブの天板の上にはアルミホイルに包まれたサツマイモがぷつぷつ言いながら甘い匂いを放っている。母が煮物を作っている。昆布と鶏肉とにんじんが醤油で甘辛く煮詰められていく。目を閉じるとジャガイモの炊き具合が思い浮かぶ。風が吹いて窓をギシギシと鳴らす。外は風が冷たい。

しばらく庭を眺めていると、兄がやってきて、ザルと割り箸とタコ糸を持ってニヤニヤとしながら庭の真ん中で作業を始めた。何をしているんだか。割り箸にタコ糸をくくって、ひっくり返したザルを斜めにたてて割り箸でそれを支える。ポケットにいれていたパンくずを仕込むと、兄はタコ糸をもって居間に入ってきた。窓を開けた瞬間に冷たい空気が入ってきて僕の顔に当たる。兄は僕の隣に寝転んでこたつに肩まで突っ込んだ。

「これでスズメが獲れるんだ。」

兄と一緒に庭を眺める。ヒヨドリが木についた赤い小さな実をついばんで飛んでいった。野良猫が通りかかってのんびりと去っていった。いくら待ってもスズメは来る気配がしない。スズメが来て、パンクズをついばんだら、兄はタコ糸をひょいと引っ張って、それでザルがスズメに覆い被さって、スズメはちゅんちゅんと慌てる。僕らはそれをみて目を輝かせて、

やったぜ!!って、笑うのだろう。

〝で? それでどうすんの?”

大きな風が突然やってきて、だからそれがなんだという様に、ザルを吹き飛ばして去っていった。

「ああん!」

しばらくガックリとして、それから僕は手袋をしてストーブの天板から熱々のサツマイモを掴んだ。兄は台所から皿とマーガリンを持ってきて、それで僕たちはまた庭を眺めながら、マーガリンの溶けたサツマイモをガブリと食べた。

「十字に割って、そこにマーガリンを突っ込んだらきっと美味しい!」

そう言って、僕と兄は、どうやって手でサツマイモを十字に割るかを考えるのだった。

ジャガイモはそろそろ、よく味が染みたころだろう。

庭にはザルと割り箸とタコ糸。

そこにスズメがやってきて、パンくずをついばんでいった。


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