50点を目指して60点を取る

上を目指し始めた時、誰しも100点満点のゴールを目指す。

でも、満点を目指すやり方は、一流のやり方ではない。

一流なら、満点を取る事よりも「100点を目指したあげく、0点になるリスク」の方を重く捉える。


競泳の世界であれば、最高のゴールを目指して休むことなくガッツリと練習を積み上げれば、怪我をするか、心がいっぱいいっぱいになって泳げなくなる。

「苦しくて逃げ出した」にしろ、「目標を達成したから」にしろ、泳ぐ事を競っているのに、

「立てた目標のせいで泳げなくなる」

なんて、「捨てる勇気の重み」に目を向けようとしない「一流になり損ねた選手」が犯す、ありがちなミスだ。


「目標」は進むべき方向を示す「道標」だから目に見える数字だけど、

「目的」は目標のさらに先、「奥行き部分」にある的だから目には見えない。


100点を目指すその舞台が、泳ぐことであれ、生きることであれ、

目には見えない「目的」が、目に見える「目標」とすり替わって一致してしまえば、人間が持っている心の奥行きは、向きを変え、高い壁となって人の心を苦しめる。


速くなるのに必要な条件は、「泳ぎ続けること」。

この事実に気付いた時、僕も驚いたんだけど、「速かった選手」が引退後のブランクから復活しても「泳ぎ続けていた選手」には勝てない。

オリンピック選手が引退後、国体を目指して復活しても、どの種目でも優勝するのは「無名だった選手」たちばかり。

10年前に出していればオリンピックが視野に入るハイレベルな「無名選手の記録」の前に、元オリンピック選手たちが続々と負ける。

どんなに優れた素質でも、長く続けた人間の厚みには勝てない。


「速くなる」には道順もあって、「体、技、心」の順番をすっ飛ばせる楽な道筋は存在しない。

体を鍛えると、技術を身につけられる体になる。

体を鍛え続けて技術を磨き続けると速くなって、心と向き合えるようになる。

体を鍛えて技術を磨き、速さの中から心を磨き続けると、強くなる。


強い人のレースでは、「負け方」にまで生き様が現れるようになって、速さや勝ち負けを超えて人の心に響いちゃうもんだから、同じ土俵に立つ事すらできなくなる。

定年のある仕事とは違って、人生にも、泳ぎの世界にも引退はないから、形はどうであれ「続ける事」は「強さ」に繋がる。


50点を目指して60点を取る。

今年から本格的にレースに復帰します。

それなりに泳げたレースは、7年前にフィリピンで飛び入り参加した大会が最後。

ロンドン生活でもジム通いは続けてたけど、帰国してからは週末しか泳げない生活が続いてた。

週末だけでも泳ぎ続けた事で泳ぎの技は進化したから、この技術にスピードを乗せてみたくなって、隙間時間でついにジム通い復活!


でも今の僕は、記録を狙うような取り組み方には興味が持てない。

気持ち良くない泳ぎは、練習であれ、レースであれ、したくなくて、

「快感」は「結果から」じゃなくて、「泳ぎそのもの」から感じていたい。


水泳を始めた子供の頃と同じで、単純に「泳ぐのが楽しい」というやり方の検証実験。

生き方だって、同じでしょ。

「足し算」ではなく「引き算」こそが「続けていくこと」の要になっていて、50点を目指して60点を取り続けたら100点と同等か、そことは違う新たな価値観に到達するはず。


そりぁ、引き算の泳ぎだもん、水には素直に負けるし、抵抗にも押し流される。

でも、水の流れに融合するその泳ぎで、スピードの喉元に、そろり、そろりと、迫っていける。はず。

早くて3年。いゃ〜また10年とかかかっちゃうのかな、検証に残された時間は、あまりない。

大和部屋 2019.01.12


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