見出し画像

読書録:庶民の発見

宮本常一『庶民の発見』(講談社学術文庫)
宮本常一は生涯の大半をフィールドワークに費やした民俗学者で、行く先々でリアルな庶民の暮らしを記録し、発表した。そうしたルポルタージュは『忘れられた日本人』(岩波文庫)にまとめられ、昭和初期にはまだ残っていた前近代的な暮らしをよく伝える好資料になっている。
本書は『忘れられた日本人』の兄弟編と言える著作であるが、本書はルポルタージュの側面を残しながらも学術論文寄りの書き方になっている。タイトルにある通り、本書は「庶民の発見」を目的としていて、文献資料ではなかなか見ることができない庶民のリアルな暮らしを浮き彫りにしている。宮本常一以前の民俗学というと、柳田国男や折口信夫にまで遡ってしまうが、彼らの民俗学は文献寄りで、フィールドワークは伴っても目的は日本文化の古層の発見で、庶民の生活文化を研究するという意味での民俗学ではなかった。こちらの民俗学は宮本から始まると言っていい。
本書と『忘れられた日本人』を併せて読めば見えてくるが、戦後間もない頃には、まだ前近代的な生活文化が残っていた。それらは今ではほぼ失われてしまったが、宮本が精力的に記録を残してくれたおかげで、我々は詳しく知ることができる。庶民の何気ない日々の暮らしに学術的価値を見出し、記録に留めたことは、宮本の大きな業績である。
庶民の多くは読み書きができず、自ら記録を残すことができなかった。そのため、文献中心の歴史学的研究では、庶民の「日々の暮らし」までは浮き彫りにできない。そこで必要になるのが「聴き取り」である。この聴き取りを宮本は多用した。この宮本の調査スタイルが、現在の民俗学におけるフィールドワークの基礎になっている。
日本は単一民族の国である(とされている)。しかし、生業は農業、漁業、林業と様々だ。そうした多様性が明らかになっているのも、民俗学の功績である。
宮本の著作では『女の民俗誌』(岩波現代文庫)も本書の延長上にあり、併せて読んでおきたい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?