インターネット的

糸井重里さんの「インターネット的」を読み始めたのだけど、これを書いたのが2001年とは思えない解像度。

見えてる世界の違いを感じた。

結局は、落ち着いてくると、洗練されたコンテンツばかりになってしまう。
誰でも書ける状態で、短い文だからTwitterが流行ったように、

丸ごと伝える。

曖昧だけど提案してみる。

そういう事を20年以上前に言葉として残している、糸井さんの頭の中はどうなっているのだろうとびっくりした。

まだ、読み出したばかりだけど、曖昧だけど、すぐに伝えることが出来るとか、まさに伝えたいことだったりする。

キャッチーなことをやさしくつたえる。

その中には、膨大な知識と知恵と経験が混ざって、誰でも分かりやすく伝わっているのか。糸井さんの凄さをあらためて、20年以上前の本から学ばせて貰っている。

本は時を超える。

普遍的な内容なら1000年を越える事もある。

インターネット的は、人と人とが情報を伝え続ける限り、人と人との普遍的な繋がり方なのかも知れない。

今後、形が変わっても、インターネット的なのだろう。

まだ読み終わってないけど。 

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