村の少年探偵・隆 その14 事ども
第1話 門付
四国の山間部、とりわけ千足村のような陸の孤島では、外部との接触はほとんどなかった。
ふだん顔を合わせるのは、馴染みの村人か郵便屋さんくらいだった。このため、外部の出入りがあると、いやがうえにも目立った。
そのうちの一人が、三番叟まわしだった。
村に、天秤棒で前後に箱を担いだ人間が現れる。
何軒かの家の玄関に立つ。足元に置いた箱から、何やら取り出す。人形だった。手足が長く、だらんとしている。服の中に手を入れると、まるで生きている人間のように舞い始める。
ひと段落したのか、人形を箱に折りたたむようにして戻し、別のものを取り出す。
何体かが入っていた。いわゆる人形遣いは何か唱えていた。
隆たちは奥の部屋から見ていた。村には人形に頭を撫でてもらったという子供もいたが、とても怖くて近づけなかった。
三番叟まわしは、徳島藩に江戸時代から伝わる祝福芸とされる。家々を巡り、商売繁盛、家内安全、五穀豊穣などを祈願した。
やがて香川県や愛媛県にも定着したものの、昔ながらの共同体の崩壊に伴い、見かけることは少なくなった。
三番叟が千足村にきていたのは、隆が小学校の低学年のころだろうか。正月や松の内に門付したとされるが、正確な時期は覚えていない。
第2話 薬売り
縁起物とは言え、三番叟まわしは子供たちには、それほどありがたいものではなかった。それに比べて、薬売りは胸をワクワクさせた。
薬売りは、大きな風呂敷包みを背負って現れた。
契約した家庭に薬箱を常備し、定期的に巡って補充や入れ替えをする。薬箱を開けると独特の匂いがした。風邪薬、熱さましをはじめ、ヨーチン(ヨードチンキ)・赤チンの消毒液、血の道の薬などいろいろな種類が入っていた。
中でも喜ばれていたのは、正露丸だった。腹痛に効いた。虫歯が痛い時など、詰めると、たちどころに著効を発揮した。
子供たちのお目当ては、薬ではなかった。薬売りは必ずお土産を持参した。色鮮やかな紙風船が定番だった。
膨らませて、手でついた。紙風船は二、三日もすれば飽きられる運命だった。それでも子供たちを一時、夢中にさせてくれた。
薬売りは富山藩のお墨付きを得て、燎原の火のごとく、全国に広まった。とりわけ「越中富山の反魂丹」は胃腸薬として、一世を風靡した。
地味ながらも、三番叟は国の文化財に指定され、伝承されている。一方の薬売りは時代とともに様態を変え、人々の健康を支える一翼になっている。日本を代表するビジネスモデルである。おまけ商法でもあり、幼心をくすぐる方法を心得ていた。
第3話 生物多様性
それは、薬箱には入っていなかった。田舎では常備薬の一つと言えそうだが、不思議なことである。
お陰で俗説、迷信が流布してしまった。
「蜂に刺されたら、小便をかけろ」
というものである。
村の神童として名高かった隆でさえ、信じていた。
千足村の真ん中に神社があり、こんもりした森が覆っている。森は子供たちの遊び場でもあった。
大きな古木には洞があった。よくムササビが棲みついた。太い枯れ枝で古木を叩くと「何事か!」と、ムササビが顔を出す。事態が呑み込めたか、ムササビは空中に飛び立つ。森の住人にとっては、迷惑極まりない子供たちだった。
騒ぎに、フクロウがキョロキョロと睥睨し、タヌキやイタチも住処から愛くるしい顔をのぞかせた。
森で、隆と洋一、修司が太い樫の木を見上げていた。
樫の木は大きく枝分かれし、それぞれに小枝が出ている。中に、蜂が群がる小枝があった。巣があるのだ。
権蔵爺さんの孫たちが森に通り掛かった。手に、駄菓子屋の袋を持っていた。
隆たちに気づき、3人が寄ってきた。
「ボク、取ってくる」
真ん中の男の子がそう言うなり、枯れ枝をくわえてスルスルと樫の木に登っていった。都会っ子にしては身軽だった。
権蔵爺さんの孫は、横に張り出した太い枝にまたがった。口から枯れ枝を離すと見るや、ハチの巣を二、三度叩いたのだった。
一斉に巣を離れた蜂たちがすかさず、孫を襲ってきた。いくら手で払っても無駄だった。権蔵爺さんの孫はワンワン泣き出した。ワルガキの面影はなかった。
第4話 民間療法
孫はやっと地上に降り立った。
頭、顔、手に集中攻撃を受けていた。
「洋ちゃん。小便つけてやろうか」
隆は反射的にズボンのジッパーに手をやった。
「いや、隆。渋柿、取ってきて」
洋一が言うので、隆と修司は渋柿を探しに行った。足の悪い修司が、一生懸命についてきた。なんとか見つけて持って行くと、洋一は石でつぶし始めた。
「これ、つけてやって」
隆と修司は言われるまま、刺されたあとに塗ってやった。
権蔵爺さんの孫は泣き止んだ。痛みが少し引いてきたようだった。
蜂に刺されるのは初めての体験だったのだろう。顔は青ざめ、ショックが尾を引いていた。
「洋ちゃん。あんなこと、どこで覚えたん?」
隆からすれば、見事な対応だった。
「勲おっちゃんに聞いたことがあったんや。絶対に役立つ時があるやろって」
息子の修司でさえ教えられていなかった治療法だった。隆と修司には、洋一が一段と頼もしく思えた。
「けど、隆たちが遅いので、ワシも小便かけようかと思うたで」
洋一でも焦っていたのだ。
「小便かけとったら、ワシら、権蔵爺さんに怒られるところやったなあ」
洋一がふざけながら、左手をズボンの前に、腰を振った。
「洋ちゃん! まさか、直接…」
そんなことをしていたら、権蔵爺さんは一生許してくれなかっただろう。
「隆は、どうやってかけるつもりやったのや」
隆は半ズボンのポケットを引き出した。
「これをちぎって使えばええやない」
衛生観念などほぼゼロ。子供たちにハンカチを持ち歩く習慣はなかった。
「おお! さすが」
3人は笑いながら、森を後にした。
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