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マリアに捧げるシュークリーム

G(ゴールデン)W(ウィーク)ではなく、G(ガチしんどくて)W(割れ砕けた心身)のため、1年半ぶりに実家へと帰省した。

リモートワークで何を病むことがあろうかと疑念を抱かれるそこの貴方にお伝えしたい、結局シンプルに人間関係だ。それも対面時より陰湿なアタックを受け、抵抗に抵抗を重ねたのち、無様に散ってしまったのである、ダイハード・マイハート。

仕事はすべて専用チャットで依頼が来るシステムになっており、もちろんDM機能も搭載、そこで執拗に個人攻撃を受け続けて早半年が経過した。スクショという昭和では認知もされていない未来アクションにより数々の証拠を回収し上司にも相談したがどうにも解決せず、かといってコロぽよ(※COVID-19)が5類に引き下げられた今、イーロンマスクが“フルリモなんて道徳的に間違ってるから出社しないやつ全員クビね”と言ったとか言ってないとかで、リモートで働ける場所が激減し、なかなか条件に合う転職先がない(もちろん俺のスキル不足も否めない)。

ならば我慢汁を我慢してでもこの職場にしゃぶり食らいつくしかなく、適応障害と診断されても、顔がちんこ岩のように硬くなっても、PCにログインしてお給金を稼ぐしか他ないのであった。

結果、私生活がオーガズムに達して土砂崩れを起こし、土から指先しか出ていない状態で母親に土中から泣きついた。よいこのみんな、土を食べてはいけないゾ。

以前は頻繁に帰省していたのだが、四十路を前にして、短くて7時間、長くて10時間もかかる移動時間に、老いかけた心身と脳が拒絶反応を起こしてしまい、布団から死臭が漂ってきても、メンタルが粉砕し、もはやただの肉の塊となってしまっても、ひたすら耐えに耐え抜いていた。

そうこうしていると、拒絶反応をも凌駕する辛さで肛門が切れるイベントが続き、不正出血のパーティが夜な夜な繰り広げられ、足が交互につりはじめて不眠事変が多発、満を持して俺の体という土砂が崩れてくれたお陰で、上でも述べたように、母なるマリア(67)に救いを求めることが出来たのであった。

日ごろからこどおば(子供部屋おばさん)と揶揄されている俺なだけに、リアルにこどおばデビューする日が来ようとは、長生きもしてみるものである。

今は実家の元・子供部屋でいそいそとデスクワークに励む日々を送っている。とても平和…と言いたいところではあるがそうもいかず、ルーティンの鬼こと父(70)と一つ屋根の下で生活する厳しさに初日から直面した。

まず当然ながら朝が早い。俺は始業時間ギリギリに起床する体たらくであるので、深夜2時に就寝し仕事が始まる10時のきっかり10分前、9時50分のグッドモーニングスタイル。一方父はいまだ仕事を続けていることもあり、22時に寝て6時30分起床、マリア(母)はそんな父の朝ごはんや弁当を作るため、更に30分ほど早く起きている。

帰省して改めて思ったのは、『木造は響く』ということだ。鉄筋コンクリでの一人暮らしでは考えられない程の音の振動、反響にいちいち動揺する。

こどおば(39)が寝起きしている2階の子供部屋は、キッチンのちょうど真上にあり、キッチンの隣は父が四六時中TVを見ている居間、という間取りだ。
(本当は寝室が別にあるのだが心霊現象が起こるため子供部屋に布団を敷いて寝ている:※過去エピソード参照)

自慢じゃないが“神奈川のナマズ”の異名を持つ俺は、震度1でも全然起きるし、スマホの明かりが暗闇で点滅するだけでもソワソワして眠れない。メンタルもフィジカルもHSPハイリーセンシティブパーソン、それが俺だ。もちろん実家でも誰かが起きた瞬間から物音がし始め、さっき寝たばかりの敏感な俺を揺さぶり起こすので、「るせぇな!音たてんなよ!俺様が寝てるだろ!」と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、変えるしかない、俺のルーティンを、変えるしかないのだ…とこめかみを揉んだ。

朝ごはんを食べる前に何故かクイズをするのが父のルーティンのようで、おもむろにスマホを取り出しては「始めるぞー」と母に声をかけるのであった。一人でやれよ。

ボケ防止にでもやってんのか…と遠くから伺っていたら、「よっしゃ!今日は5問正解で5ポイントや!溜まったぞ!これで1個買えるぞオイィィッ!」と何やらテンションがおかしい。

マリア曰く、1日3回クイズに答えて、正解したらdポイントがもらえるらしい。そのポイントで“大きなツインシュー ”(※ローソンの)を買うのが目下至上の喜び、だそうだ。

やん「シュークリーム150円として、150ポイントいるんやなぁ。1ポイント1円で150問正解したらええわけやんね?」
マリア「ばかね…甘いわ。ポイ活の世界は厳しいの、1ポイント…1せんよ!」
やん「なん...やて…?!令和にせんの世界線があるやなんて…!」
マリア「だからシュークリームをゲットするには15000回正解する必要があるの、ハードな世界よね…」
やん「つら…毎日3回朝・昼・晩、5問ずつ全問正解やとしても、単純計算して2年ぐらいかかるやん!悪魔?!運営は悪魔か何かなん…?!」
マリア「まぁそこはホラ、運営さん側も色々イベント考えてるみたいで、ポイント10倍デーとか50ポイントプレゼントとかちょくちょくあるから」

そうして貯めたポイントでシュークリームを買ってきた父であったが、なぜか袋には2個シュークリームが入っており、いつの間に30000ポイントも…?へそくりか…?と眉間にシワを寄せていたら、今回貯めた15000ポイントはマリア用のシュークリームに使い、もう一つは自腹で自分用に買った、とのことであった。あらありがと、冷やしとくわね♪とマリアも満更でない様子だ。

ひゅ、ひゅーひゅー!ひゅーひゅー!

横暴な父しか知らない俺にとっては意外な一面であったので、精一杯心をこめて冷やかしておいた。

翌日からクイズの時間になると、何故か俺も回答者の一人としてカウントされ、一緒に取り組むルーティンが追加された。今のところ、“昼はカフェ、夜は居酒屋スタイルで人気を博しているチェーン店は?”→“プロント”、の1問しか正解出来ていないので、近い日に戦力外通告を受けることになるやもしれんが、その日までは微力ながらマリアに捧げるシュークリームのために、共に戦っていこうと思う。

父が仕事に出かけ、マリアが祖母の介護に出かけたら、子供部屋でパジャマのまま仕事に取り掛かる。朝ごはんの前にはフルメイクでアクセサリーまで装備完了なマリアとは大違いだ。ちなみに俺が着ているパジャマは、父がマリアにプレゼントしたがマリアの好みに合わなくてタンスに永眠させられていた衣服たち、だ。以前から自分の使用しない贈り物を次々と俺に使用させて、“絶対にやんの方が似合うと思ってた!この服もやんに着てもらえて幸せだと思う!”などとほざき、『間接的に贈り主を喜ばせる』テクニカル感謝法を用いている、総じて世渡り上手なマリア。

普段から15時頃にご飯を食べたらそれ以降は食べないルーティンなので、父たちと夕食を囲むことはないけれど、毎日マリアが【今日はホイコーローを作りました。冷蔵庫にイチゴもあるので食べてね】とメモ付きのご飯を用意してくれるので、“俺いまめっちゃこどおばっぽい、こどおば満喫してるわ~”とキャベツと幸せを同時に噛みしめている。

3日目の朝、起床して階下のキッチンへ向かうと、マリアが神妙な面持ちで米を咀嚼していた。

マリア「やん、ちょっとそこ座ってくれる?あのね、実は昨日お風呂の掃除をしようとしたらね、すごくヌルヌルだったの、すべてが、めちゃくちゃに、ヌルヌルだったの…分かるわよね?」

心当たりしかない。俺の風呂でのルーティン、全身オイルマッサージだ。
一人暮らしの時は浴槽を使うのは自分だけだし、オイルと共に過ごすヌルヌルな生活に慣れきっていたため気に留めもしなかった。

マリア「全然関係ないんだけど、職場が一緒だった方の旦那さんがね、酔ってお風呂で転倒したの。その後旦那さんは半身不随になって、そこから違う病気も併発して、この間亡くなったわ…あ、関係ないのよ、関係ないんだけどね…」

いや全然関係ある話よね?ヌルヌルな床で滑って転んで死んだらどうしてくれんねんってことよね?!ごめんね?!

その夜から俺は清掃の魔人と化した。オイルマッサージというルーティンを変えられないなら、老いた両親を殺害した罪で服役したくないなら、世界の絶景100選に選ばれるぐらいピカピカに、オイルひとつない風呂場を提供してみせる!

かくして2週間が経過、風呂掃除は名実ともに俺のルーティンとなった。

やたら洗濯物を干したがり(2人暮らしで1日4回も洗濯機を回す)、テレビのリモコンは基本触ると怒る、休日は米じゃなくてパンにヨーグルト、マリアの話は聞かないが自分の言葉には反応しないと駄々をこね、18:30から入浴したらば19:00から夕食、21:00に歯磨きをして22:00には就寝する父のルーティンにもすっかり馴染んできた今日この頃、こどおばを卒業できないかもしれないという新たな問題が頭をもたげてきた。戦慄!

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