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「食べる」のしんどい#10.5 恵比寿・こづちの牛バラ定食

 故あって、ここ7年ほどの間、恵比寿で昼食を食べることが多かった。土地柄、お洒落な店も多いのに、意外とそういう店には足を運ぶことが少ない。カリスマの街大阪に生まれて、汚い立ち呑み屋やうどん屋で作法を学んだせいか、オシャな店に入ろうという意欲が湧かない。たまには入るが、たまに、の域は出なかった。とはいえ、場所は恵比寿。圧倒的にお洒落な店が多い。そんな中、圧倒的に趣きにステータス全振りした店がある。
 
 こづちとかいう食堂である。
 
カウンターしかない店で、トラディショナルな食堂メニューが並んでいる。トンカツ。カレー。カツカレー。ニラレバ。焼き飯。豚生姜。唐揚げ。などなど。
 店内はいつも混んでいて待たされることもあるが、いつも一人で行っていたので、すんなり入れることが多かった。
 客層も様々で、サラリーマンや趣き深いおっさん。代理店ぽい人やデザイナーぽい人。女性客も少なくない。みんな、黙々と飯を食う。カウンターの向こうが厨房になっており、The飲食店のバックヤード、みたいなやりとりが目の前で展開されるのがリアル過ぎて、客もここは戦場ぞ、とばかりに黙々と飯を食うのかもしれない。
 
 そんな所に、多い時は週1回通っていた。
 
 通い出した頃は、いろんなメニューを試していた。カレーと焼き飯はいまだに頼んだことはないが、大体のメニューは食べた。そういうのが、一回りすると、自然と牛バラ定食だけを頼むようになった。
 どういう料理かというと、牛バラ肉を醤油と酒で炒めただけの料理である。大した料理ではない。けど他の料理は他所でも食べられるが、牛バラだけは、ここにしかないんじゃなかろうかと思えるほど、素朴な料理である。
 それと牛バラを頼むもうひとつの理由が、付け合せのポテトサラダである。これがなんといっていいか、米が滅びるほど食えるポテトサラダなのである。正直言って、牛バラを食べたい気持ちとポテトサラダを食べたい気持ちは、完全に半々である。場合によってはポテトサラダが勝っている時もある。
 そんな風に牛バラ定食を週1で食べに行っていたのだが、仕事が忙しくなったり、コロナになったりで、足が遠のいていた。10月1日、緊急事態宣言解除。だからといって何か変わったわけではないが、久しぶりにこづちに行ってみることにした。
 
 土曜日だし客はまばらだった。店の雰囲気は変わらず、店員もメンツは少し変わっていたかもしれない。そもそも初めて行った時は店主然としたおやっさんが料理していた。いまは若い女性が牛バラを作ってくれた。あの厨房内の人間模様がいまだによくわからないが、増々わからなくなってきた。
 そんなことを考えている間に、飯と味噌汁が到着。程なく牛バラとポテトサラダが盛られた皿が到着。味噌汁は、いりこ出汁のいりこが煮詰まった味がして、普通だといい料理とは言えない味だが、これはこれで旨い。こづちといえばこれ、という味噌汁。米も普通でけっこう多め。おかずの味も濃いので、米はこれくらいは必要そう。牛バラもポテトサラダも米が滅びるほど旨い。と自分では思うのだが、他の人を連れていって、旨いだろ、と薦める気にはなれない。ずっとひとりで通っていたので、いまさら薦めて不味いです、と言われたくない。最近の若い人は変な所のメンタルが特化して強いので、言いかねない。いまさら言われても困る。
 自分の中ではこれが東京の味だし、いまよりは内臓が頑丈だった頃に山ほど米を滅ぼした料理だ。あの、たまにいるチキンラーメンが一番美味いと言って憚らないある種の人々の如く、私はこの牛バラを美味いと思い込んでる。そして、変わらずに美味い。ちょっと肉が薄くなっていたような気もしたが、それは私の弱くなった内臓を考慮してくれたのだろうと思う。そうした家庭的な側面もあるのだ。
 

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