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貴船神社移し!リアル龍「瀧尾神社/宝樹寺(寶樹寺)」牛若丸大ピンチ【京都東山シリーズ】

一番の見所は拝殿天井の龍の彫刻!そして、本殿は貴船神社奥院旧殿を移築したものである「瀧尾神社」をご堪能あれ!そして牛若丸こと源義経の人生の分岐点の伝承が残る寺がある。あっ、本殿右の三嶋神社(次のNOTEに記載)も忘れずに。

 東福寺と御寺こと泉涌寺とセットで行きましょう。

変更履歴


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

※後述「▼見どころ」参照

▼見どころ

▽瀧尾神社:京都市東山区本町11丁目718

 瀧尾神社は泉涌寺&東福寺と三十三間堂の中間辺りなので東福寺スタートで三十三間堂ゴールがオススメかも。
 『源平盛衰記』にも見られ、豊臣秀吉の方広寺創建の際に現在地に遷された。古くは武鶏ノ社や多景の社などとも記録があり、江戸時代幕命で瀧尾神社の名称になった。

  • 平安時代末期の『源平盛衰記』に記載があることから、平安時代末期には存在していたと考えられている

  • 前の社名・武鵜社は応仁の乱で焼失した後に日吉坂に移転し、多景社として再建

  • 1586年、豊臣秀吉の大仏殿(現・方広寺)造営に際し現在地へ遷座

  • 1704年から1711年、瀧尾神社という社名になった

  • 1839年頃、大丸百貨店を創業した京都の豪商・下村家が再興に援助を行った

  • 現存する社殿は貴船神社奥院(私のNOTE)を移築したもの

→境内

2023年9月
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 やっぱ、209年から2010年ぐらいに泉涌寺と東福寺へ交通機関で来た時に寄っていますね。

2023年9月
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→拝殿?舞殿?

 見上げて!!!
 京都の寺には雲龍絵が多いのだが、これは寺が歴史的に焼失していることから水の要素を持つ龍に守って!というのが一つの理由であるのだが、ここは彫刻である。
 全長8mもの「木彫りの巨大な龍」が拝殿の天井にある。迫力があるので「夜な夜な川へ水を飲みに行っている。恐ろしく眠れない」と近所から噂が広がり、神社は拝殿の天井に金網を付けて龍を閉じ込めたと言い伝えが残っている。

2023年9月
2023年9月

 全長は8メートルにもなるその立体感と躍動感は私の中でNo.1である。(2023年度時点)

2023年9月

 曲がりくねった巨大な体。髭、鋭い3本指の爪、見事な鱗、真ん中に金の玉となっている。

2023年9月
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2023年9月
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 本殿と同じく、作者は京彫物師・九山新太郎によるものとされている。九山家の彫師は「九山新之丞」を名乗っていた。

 2016年、祇園祭(私のNOTE)に登場する大船鉾の龍頭を、この龍を参考にして彫刻家・森哲荘氏が制作。これが縁となり、九山家より許可を得て「九山新之丞」を継承された。ということで、2016年の修復時に見本として、九山新之丞に貸し出したようで、顔がなかった時があったよう。

2023年9月
2023年9月:よく見ると美しい金色の玉がある

→本殿

 現在の社殿は1839年のもの。大丸百貨店の創業者下村彦右衛門が行商の頃より、毎朝欠かさずお参りをしていた。大丸百貨店の繁栄は瀧尾神社のご利益のおかげと、現在の換算で約5億円の寄進により、移築・改築、整備された。

2023年9月

 檜皮葺が良いです。

2023年9月

 本殿の正面は霊獣、阿吽の龍、獏、鶴、鳳凰、麒麟の彫刻が立派で、回廊には十二支がを楽しめる。これらは立体感や躍動感が湧き出るように木目まで計算し彫られた江戸末期の京の彫物師・九山新太郎作のようです。って、玉眼なんですよね!!

2023年9月
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2023年9月 貴船神社奥院旧殿を移築

 昔は狛犬と狛猿が居たようだが、2023年はお祭りなのでどけたのかな。

 祭神は大己貴命(オオムナチノミコト)で、大黒天ことオオクニヌシ、弁財天、毘沙門天を祀る。

2023年9月 貴船神社奥院旧殿を移築
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 最後に、神社北側にはマンションらしきものがあり、神社のものでもあるようです。瀧尾神社は、神輿祭事を行っている「昇龍会」と社の維持奉賛する「誠龍会」が存在するようです。

→神幸祭、龍縁祭

 神輿の差し上げ、京都独特・剣鉾の剣差し、さらには龍舞なども登場して、実に見所多し。
 なかでも強烈なインパクトは、「御寺」の呼称を持つ泉涌寺への神輿突入。皇室の菩提寺たる泉涌寺に神輿が入り、僧侶が読経、神仏習合の名残を色濃く伝えます。

↓引用元

▽三嶋神社

 同一境内に鎮座しています。別途、記載します。(1週間以内に公開)

▽宝樹寺(寶樹寺):京都市東山区本町11丁目201

 瀧尾神社北側です。

  • 925年、藤原忠平の創建と伝えられる法性寺の塔頭・勝円寺説がある

  • 浄土宗西山禅林寺派なので永観堂(私のNOTE)と繋がっている

  • この地の北辺に一ノ橋と呼ばれる橋が架かっていたことから橋詰堂とも呼ばれていた

  • 1159年、源義朝を破った平清盛は、源氏の報復を恐れて、義朝の子を捜し出して殺すよう家来に命じた

  • 義朝に愛されていた常盤御前は、子を連れて奈良に逃れたが、母が京都で平氏に捕らえられ、常盤御前と子の所在を問い詰められてたと耳にし、自首を決意し京都に戻る

  • 常盤御前が、今若・乙若・牛若の3児の生長を祈願したという伝承があり、祈願したのが秘仏・薬師如来坐像とか

  • 牛若が後の源義経で、平家を滅亡へと追い込むことから、薬師如来の加護だと寺の縁起は記す

  • この物語から薬師如来は「子そだて常盤薬師」と呼ばれている

  • 本尊は阿弥陀如来立像を安置している

  • 1706年、僧・聖空によって中興され、寺名を寶樹寺と改めた

 また、境内には、「常盤御前雪除けの松」と呼ばれる残株があり、常盤御前が大和(奈良県)へ逃れる際、この地の老松の下で、しばし雪の降るのを避けたと伝えられている。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

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▼セットで行くところ

▼仏像展


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