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vol.26 会計士、美術館に行く

はじめに

会計士という職業は、会計基準の理解に加え、数値の正確な計算・分析といったスキルを要求されます。なかでも会計監査の場合、監査基準に従い、客観的事実を監査調書に積み上げ、監査意見を形成するというとても論理的な作業を行うこととなります。

私は約四半世紀に渡り、主として会計監査に従事してきましたが、このような (お固い) 仕事を長年やってきたビジネスパーソンが、美術館という場所でアートに触れると何を感じるのか、ということに大変興味があり、実際独立後は何度か足を運んでいます。

そこで今回は会計士が美術館に行って感じたことをまとめてみたいと思います。


1 左脳派と右脳派

突然ですが左脳派・右脳派という言葉を聞いたことはありますか?

左脳は論理的思考、言語能力、計算力に関連し、物事を筋道立てて考え、客観的に分析する能力に優れています。この脳半球は、几帳面でデジタル情報を好む人々の特徴と密接に関連しており、主に言語や数的処理を担当しています。

一方、右脳はイメージ力、記憶力、想像力、そしてひらめきを司り、五感を通じた情報処理に優れています。感情表現が豊かで、感性が鋭い人々、特に芸術家や空間認知能力に長けた人々の特性は、右脳の機能と深く関連しています。

皆様はどちらにあてはまるでしょうか? 

私はどう考えても圧倒的に左脳派です。

さて、大人になってからは、右脳の能力をいかに活用するかが、脳の活性化と全体的な認知機能の向上に重要なポイントと言われています。

私のような左脳派人間は、意図的に美術館に行き右脳へ刺激を与えることを通じ、両者バランスの取れた脳の使用となり、創造性や柔軟な思考、感情の豊かさの促進が期待されます。

2 アート鑑賞にあたってのアドバイス

たまたま知り合ったアーティストの方と美術館巡りをお誘いを受けました。左脳派の私が、スマホを駆使し、あるアート作品を予習しているのを見て、以下のようなアドバイスをしてくださいました。

「アートの解釈は人それぞれ。事前に情報を入れてしまうとその内容にとらわれてしまう。まずは何も調べずに作品を鑑賞し、後で答え合わせすると楽しいですよ。」

さすがアーティスト、右脳派です。私は作者が何を伝えようとしているのか、その情報を漏らすまいとついつい調べてしまう傾向があったのですが、以降は自分自身の直感に委ね、少しでも右脳に刺激を与えるようにしています。

3 東京現代美術館

東京都現代美術館は、江東区清澄白河の木場公園内に位置し、日本の戦後美術から現代美術までの流れを一望できる専門美術館。建物は、建築家 柳澤孝彦さんによって設計され、公園との一体感や幾何学的なデザインがとても魅力的です。

筆者撮影

建物を眺めているだけでに十分右脳が刺激されそうですが、いよいよ次のセクションで実際の展覧会について触れていきます。

4 シナジー、創造と生成のあいだ

今回の記事ではいくつか回った展覧会のうち「シナジー、創造と生成のあいだ」をとりあげたいと思います。

この展覧会はアナログ (創造) とデジタル (生成) の間の相互作用に焦点を当て、そのシナジーによって生み出される新たな効果がテーマです。アーティストの手仕事による創造と、NFTや人工知能などによる生成の間の関係を探求した作品が展示されています。

早速入り口のところでAIによって生成された異なる挨拶文が三つ掲載されています。

筆者撮影 (プロンプトに対しAIが生成した三つの挨拶文がお出迎え)

AIによる挨拶の後は、リアルな作家が創造した作品が配置されています。中でも印象に残ったのが荒井美波さんによる針金の作品 (文学作品の直筆原稿を、折り曲げた針金によって、視覚的に再構築) でした。

筆者撮影

デジタル時代において筆跡を意識することが少なくなっていますが、AIの挨拶文の後に展示された針金の作品は、人間の存在感の強さを感じさせます。

5 会計士の視点をいれてみる

ここで過去25年間会計監査をしてきた私が何を感じるか考えてみました。

(1) 会計士とAI

AIは人間の仕事の多くを奪うのではないか?」というテーマが長い間議論されています。中でも数値を扱う会計士はAIと親和性が高く、将来的にリスクの高い職業とする記事を何度か見かけました。

ここで重要なのは会計という職業領域に対し、人間がやるかAIがやるかの二項対立ではなく、その「あいだ」をどう探るのか、ということかと思います。実際この展覧会では、挨拶文から作品まで見事にアーティストとAIとが共存していました。

今後もテクノロジーの進化と共に、会計士とAIの活動領域は変化するものと思われますが、今回の展覧会をふまえ、「両者が共存できるありかた」を探っていきたいと考えます。

(2) アートが放つメッセージ性

人間とAIというテーマは、現在とてもポピュラーな社会課題であり、Webでもよく見る内容かと思います。

筆者作成

インターネットが進化した社会においては、様々な社会課題をデジタルのテキストにのせWeb発信することがとても容易になりました (noteもその一つですね)。

他方、アート作品が放つメッセージは単純なWebページより圧倒的に強いでしょう。何よりデザイン的にも特徴のあるアート作品は、見るものを心地良くしてくれます。普段使っているスマホでテキストを読むより頭に入り、考え、そしてその後も残ります

今後、日本社会で求められるイノベーションや社会課題 (答えのない課題) に対する解の方向性を伝える手段として、アート作品は重要なインスピレーション源となると考えます。

(3) アートの資産価値に対する目利き力

アートは鑑賞者によっていかにようでも解釈が可能であり、それが魅力の一つだとも言えます。言い換えれば、アートの資産価値は、人によって変動し得るということになります。

少品種大量生産といった伝統的な経済では、資産の価値は費やした時間や金額がベースとなっており、会計上はインプットベースによる取得原価主義 (i.e. コストアプローチ) が採用されてきました。

一方で経済が成熟してくると、人はより自分らしさを求め、多品種少量生産によって生み出される、固有性の高いカスタマイズされた資産が好まれるようになります。会計上はアウトプットベースによる時価主義 (i.e. インカムアプローチ)となり、かつ 便益は受益者によって異なるため、時価は誰がどのように使うかによって変わってきます (固定資産の減損会計における使用価値のイメージ)。

今後はアートのような必ずしも一物一価はない、受け手によって価値が変化しうるような資産のニーズが高まるでしょうし、その理解 (目利き力) が重要になってくるでしょう。

実際日本人は元来この分野 (固有性の高い資産価値の理解) に必ずしも強くなく、以下のように手元にある資産の高い評価に気づかない傾向があると思われます。

  • 明治や戦後に流出した日本美術

  • 北海道ニセコの不動産開発

  • 2024年1月の歴史的な株高の買い手など

6 まとめ

会計士が美術館に行って感じたことを「会計士、美術館にいく」としてまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか?

実際アートに対する社会課題解決の期待は年々高まっており、芸術学修士 (Master of Fine Arts "MFA")という言葉もみるようになりました。

アート作品に触れることで、新たな視点を得ることができるだけでなく、自己表現の方法や、社会に対する深い理解を深めることができます。

アート作品を楽しむには、自分自身の意見を持つことが求められます。このことは回答のない現代社会で私たちがどう幸せになれるか、という問いに対し、一つの回答を提示しているようにも思いました。

私自身は根っからの左脳人間ではありますが、少しでも脳を活性化すべく、美術館に行き、多くのアートに触れ続け、右脳に刺激を与え続けようと思います。

おわりに

この記事が少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX (@tadashiyano3) までお寄せください。

この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。


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