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#わたしをかたちづくったもの 〜私たちはお金で作られている〜

「好きなことでお金を貰うのは卑しいこと」

ずっとずっと自分に課してきた思想だった。

どうやらこれは、呪いの類らしい。

これに長年縛り付けられていた私は、多分愚かだった。


私たちの血肉を造っているものを一つだけ上げるとしたら、間違いなく「お金」と答えるだろう。

漫画『ワンピース』で子供の頃のサンジが海賊のゼフとともに無人島に一ヵ月だか遭難してしまうエピソードがあった。

のちの師匠となるゼフは宝物しか持ち合わせておらず、自分の脚を食べて飢えを凌いだ。

「カネなんてあっても腹は膨れない」という寓話的な話だ。

が、現代日本(とはいえ「今のところは」の話だが)で普通に暮らすに於いては別にお金≒食べ物と言っても過言ではないだろう。

そう、お金がないと私たちは現代日本で暮らすのが困難になってしまう。

だが、私は貨幣を稼ぐ手段が著しく乏しい。

まず、会社という組織がことごとくだめだ。

その理由はいくつもあるが、午前中は余程のことがないと働けないからだ。

メールなんて出させた日には大事故を起こすし、どうせ事故るので帳簿もつけたくない。やりたくないんじゃなくて、「やっても失敗するからやらない」。

以前働いた会社ではふらつく足と働かない頭で必死に作業をしてたら鍵を捨ててしまい、死ぬほど怒られて当時はもうアラサーだったのにギャンギャン泣いた。

当時から会社に私の人権はなかったので本気で死にたかった。どこに行っても無理だと思った。

そして、親の「お金を稼ぐのは大変なんだから」という言葉を真に受けまくって、毎日毎日毎日毎日社会人生活を泣いて過ごした。

泣かなかった日の方が珍しかったんじゃないかと思う。

あの頃の私は、真面目すぎて、優しすぎた。それ故に弱かった。今も弱いが今以上に。やっていけるわけがなかった。

だから、お金は「泣きながらでしか稼いではいけない」と思っていた。


私は発達障害の上に睡眠時無呼吸症候群なのだが、フリーランスになって随分と楽になった。だが、最近思うのだ。

お金の稼ぎ方、下手じゃね?と。

1文字1円以下の仕事も真摯に臨みすぎていて、取材中に火傷をして病院にかかって赤字になることもあった。

一生懸命書くから黒字がいい。生活できるお金が欲しい。

可愛いポーチ、よくできていたのに謙遜で一つ500円で譲ってしまった。

本当は材料集めを含めてすごくすごくすごく大変だったので1400円が良かった。

タロットも、必死でやってきたので無料で2000文字近い鑑定文をいくつも書いてきた。240文字以上は有料がいい。

今での私を形作ってきたは、間違いなくお金だ。

お金がなくては私は形作れない。この先の私を形作るのはお金なんだ。

なのに、お金を貰うのは卑しい気がして仕方がない。でも、お金はどうしても欲しい…………。


わがままでもいい。わがままでいいから、できることは全部お金にしたい。

こんな私がどうにかここまで生きてこれたのは両親の援助によるところが大きい。

なるべく必死に自立を目指したが、残念ながら上記の理由で至っていない。甘えてなんかない。必死に必死に必死にやってきて、ダメだった。

でも、やっぱり甘えてた。

お金を取らないで「いい人」になることに甘えていた。

労働の対価が欲しい。

このままじゃわたしの続きを作れない。


友人が言った。

「楽しくお金を稼いだっていいんだよ」と。

ほとんど泣きながらお金を稼いだことしかない私にとっては衝撃だった。


今、鬼門の午前中でもできることがある。

ハンドメイド作業とタロットのスプレッドを展開することだ。要はタロット並べである。おそらく一枚引きなら鑑定文も書ける。

お金に変えたい。

笑いながら、笑顔で人を元気付けながら、それをお金に変えたいんだ。


だって、お金がないと人間は形にすらならないんだから。




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