【連載小説・最終回】近くて遠い星の在処・11

あらすじ
中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。

彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。しかし、僕が彼にキスをしてしまった事により、関係が崩れ、彼は抜け殻となって高校を卒業した僕の前に現れる。

「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。

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近くて遠い星の在処
「僕・18歳――茜色と綺羅星②」


日も落ち始めたころ、いつものようにリュックのポケットから箱を取り出すと、ゆっくりと時計を取り出して傷に封をするかのようにシュウの腕に巻いた。

「よし、これで今日も大丈夫」

最後に念を押すかのように、ぺしんと文字盤を叩いてやる。

「ありがと」

シュウは目を細める。

乾いた砂漠のようにカサカサだった肌はなめらかな若さを取り戻し、骨まで見えそうなガリガリの身体は少しずつ丸みを取り戻し、食事をしても咳をしなくなった。

僕たちは、四月になっても相変わらず制服姿のままだ。だが、これがこの旅の制服なのだ。

僕は手帳を取り出し、横線を確認していく。近くて遠い光を、僕はリストアップしていたのだ。

だが、僕が決めた「近くて遠い場所」の半分は横線で真っ二つに切り裂かれてしまった。

シュウは相変わらず星の光を見つけられないままで地球に縛られている。

「今日はどこに探しに行く? 都庁なんてどうかな」

シュウは首をかしげると、遠慮がちに一番下のカタカナを指す。

「行きたいだけなんだけど……」

今までシュウが願望を示したことなんて、時計以外ではなかった。

僕はそれを逃したくないと思った。シュウが行きたいと思う場所ならば、星がある可能性だってきっと高い。

「わかった。行こうか」

ちょうど電車がやってくる。

僕はシュウが転ばないか慎重に見守り、手すりにつかまって溜息をつくような音で扉が閉まるのを待った。


その場所は都会のプラネタリウムだった。

シュウに代わって大人料金でチケット代を払い、隣の席に落ち着く。

周りは大人のカップルだらけで、少しいやらしい雰囲気を感じて無粋に感じた。

僕らの真剣な旅に水を差されている気がして、少し後悔する。

頭まですっぽりと預けられる背もたれに預け、シュウがこちらを向いて微笑む。

暗い室内に、シュウの瞳に仄かな光が揺らめいた気がした。

表情に僅かなズレを感じたが、以前ほどの不和は感じない。

シュウはまた一つ、自らの手によって自分自身の欠片を取り戻したのだ。

きっともうすぐ、シュウは星を見つけられる。

ようやく、シュウは自分を見つけて星に還れるのだ。

僕は微かな期待を胸に、僕は真っ暗になった天井(空)を見上げた。

『星には寿命があります。寿命を終えた星は――』

プラネタリウムのゆったりとした女性の声が、ホールを包む。天井全体を覆うスクリーンに、一面の星が広がった。

『明け方に光る金星は、明けの明星といい――』

白んだホールに、キラキラと輝く星は、まるであの頃のシュウの瞳が飼っていた光とうり二つだった。

僕は、これだと電気が打たれたような衝撃を受ける。その時、隣から延びた手が、僕のその手と重なる。シュウだ。

その手は震えており、僕は手繰り寄せるようにして握り締めた。

暗がりの中、シュウの頬に光るものが見えた。

シュウは口を僅かに開き、その光を瞳に映しながら涙を流していた。

星。

目の離せなかった僕の星と呼ばれたあの星。

そう、シュウの星は朝に浮かぶ眩い金星なのだ。

僕たちは、宝の地図をようやく見つけたのだ。


プラネタリウムが終了し、ホールからまばらな人たちが出口から吐き出されていく。

その時、前を歩いていた女の子が何かを落とした。

ハンカチだ。かわいらしい服装の女の子の持ち物とは思えない、男性ものの暗いチェック柄をしている。

「あの、落としましたけど」

女の子は振り向くと、一度半月型に唇を歪めたが、僕を見るなりそのハンカチをひったくり、駆け足で去っていった。

「なんだあれ……」


シュウは、僕の隣で何度も何度も涙をぬぐっている。

「シュウくん……シュウくんじゃないか」

ふと、名前を呼ばれ、僕とシュウは同時に振り返った。僕はぎくりと背筋を筆でなぞられたような感覚に襲われる。

中年の品の良いサラリーマンだった。

僕の客だ。その中でも、彼はとびきり上等で上品な「パパ」だった。

下品なことなど一切せずに、僕と一緒にご飯を食べ、本を一冊紹介してくれる。

毎週、本の感想を求められる以外は、何も求めないパパだった。

素性は知らないが、学校の先生か何かだったのだろうか。

「お友達かい? 良かったよ。シュウくんにそんな子がいて。きみって人より冷めてるだろ? だから心配していたんだ」

シュウは不思議そうに目をしばたく。それはそうだ。

自分の名前であるはずのその言葉が全て、僕に向けられたものなのだから。

「あの……人違いじゃ」

僕はそう言って乗り切ろうとした。

だが、シュウは僕の手を取り、泣いていたばかりの赤い目のまま、幸せそうに瞳を細めたではないか。

「そうです。おれとシュウって、大親友なんだ」

その目にはまた僅かな光が灯り、唇から僅かだが甘味の混じった声が漏れる。

錆びた金属のような肌には、僅かな血色がよみがえっていった。

「知らなかった。君ってシュウっつーんだ」

シュウの棒読みのセリフが恥ずかしい。

「……」

僕は、ブレザーに手を突っ込んでずかずかと大股で歩いていた。

ぴしゃぴしゃと頬を叩く風は冷たく、まだまだ冬の空気だ。

だというのに、僕の頬はずっと熱を持っている。たまらなく恥ずかしかった。

僕はシュウを無視したまま人通りの多い道を抜け、JR線のホームに突っ込む。

「ねえ、そっちって逆方面だぜ」

シュウに言わる前に、扉を開けた東海道線に乗り込み、腕を伸ばす。

「いいから海行くぞ」

僕たちの町の川かどうか曖昧な海なんかじゃなくて、もっと綺麗な海。

そこでシュウの星を探そう。

「うん」

シュウは手を伸ばし、ぷしゅうと空気の抜ける音と共に扉が閉まっていく。

最初こそは人の多かった電車も、嘘のようにスカスカになっていき、車両の中は二人きりになり、僕たちは座席の中央に並んで座った。

その間、僕は何も答えずにリュックを抱きしめて早鐘を打つ心臓を必死で抑えていた。

だというのに、シュウは友達の企みを見つけた子供のように、何度も何度も僕の顔を覗き込む。

「っそだろ……」

目的地の前で終電が途切れ、僕は途方に暮れて上を眺めた。

空には満面の星が広がっている。

だが、大きなおもちゃ箱を逆さにひっくり返したようなその空では、シュウの星がどこにあるかわからない。

「ねえねえ、どうしてシュウって名前にしたの? どうしてきみはシュウを名乗ったの?」

シュウは僕の落胆などお構いなしに、飽きもせずにその話を聞いてきた。

「っざ……今はいいだろ、そんな話……って、その目――」

だが、シュウは僕の腕を取ると、目を爛々と輝かせている。シュウは、瞳の輝きを取り戻したのだ。

僕は苦笑いしてため息をつき、スマホをいじると、コンビニに潜って懐中電灯を二つ購入し、地図アプリを起動して目的地をセットし、歩き始めた。

シュウは僕の行く先は聞くこともせずに、僕の後を着いてくる。

「魔法使いになったみたい」

なんて、ペンのような懐中電灯を振り、シュウは振り返り、僕を照らす。眩しくて思わず目を細めた。

「ねえ」

「わかった、今話すから」

シュウは嬉しそうに高い声を上げると、僕より少し前を歩き、知らない道を後ろ向きに歩きはじめる。

「危ねぇからそれやめろって」

「あっ」

シュウは少しよろけ、慌ててくるんと前を向く。しかし、時既に遅し。電信柱に鼻先をぶつけていた。

「バカじゃん」

彼はムッとした様子で僕を見下ろした。

「口、相変わらず悪ぃんだな」

「お前も随分悪くなったと思うぞ」

「……悪くしたんだよ」

シュウは縁石に足を載せ、バランスを取りながら歩いていく。

「奇遇だな。俺も悪くしたんだ」

僕は第一の秘密をシュウに差し出すことにした。

「中学に入って、遼を真似た」

シュウはまた少し僕の前に立つと、大きな目をぱちくりとさせて、にっとほほ笑む。

「おれも、真似た」

「だよな、遼がすることなら間違いねぇもんな」

シュウは左右に首を振る。

「……キミの真似をした」

それは随分な講師だっただろう。ミスキャストもいいところだ。

僕の口は、親に注意されながらも遼よりもはるかに悪くなってしまった。

「みんな口が悪かったから。君のを真似たらおれもみんなと同じで少し強くなれた気がして、嬉しかった」

宇宙船が燃え尽き、地球に不時着しようとしていた頃、シュウは何かに縋りつきたくて必死だったのかもしれない。

それが僕の言葉だとしたら、それは頼りなくて申し訳ないと思った。

「でさ、君がパパ活をしてたのは、友達を供養するためって言ってたよね」

少し先を歩くシュウは、後ろ手に組んだ指をじれじれと弄びながら語る。

どうにか逃げてきたが、もう隠しきれないだろう。

「……そうだよ。もう会えないと思って、死んだと思うことにしたから」

「実はね……その人、本当に死んじゃってたんだ」

シュウは振り返らずに言う。その声は、涙で潤んで今にも海に沈んでしまいそうだった。

「人間じゃないからって、石を投げられて、一つ一つの言葉に呪いをかけられて、希望(ひかり)を全部奪われて死んじゃった」

僕はその背中から思わず目を背けた。

その叫びを、僕は何も聞かないままシュウは一度死んでいった。

それだというのに、僕は彼を救うこともせずに彼を勝手に殺してしまったんだ。

「俺は! 俺はお前のこと、すげーやつだって思ってた! お前こそ、星の王子様だと持ってた。地球のルールとは違うモンでできてる、王子様だって――」

シュウは懐中電灯だけが頼りの夜闇の中で、蜂蜜のように笑った。

なぜか、辺りが明るく見え、ひんやりとしたはずの温度が上がっていく。

「だから――おれは、君が供養したっていう友達に、ずっと嫉妬してたんだ」

随分先を歩いてたシュウが、街灯の下でぴたりと足を止めてくるりと踊るようにターンをする。

足はわずかに地上を離れ、キラリと灯台の灯りのように懐中電灯の煌めきが僕を照らして通過していく。

そして彼は、また歩みはじめた。

「同じ学校で、おれの制服を着て、きみが成り代わって貰えた誰かがうらやましかった。――実はおれ、制服を送った後にきみの噂を集めてた。あの部屋じゃ、それぐらいしかやることがなかったから。君のクラスの人と繋がった。そしたら、すぐわかったよ、何してたか」

後ろ暗い気持がじわじわと押し寄せる。

とっくに真っ黒だったはずの紙が、重油でも吸っているんじゃないかというくらい更に黒くされていくようだった。

きっと、火さえつけばあっという間に燃え上がって爆ぜてしまうだろう。

「……ごめん」
「違うよ、決して責めてなんかないんだ。ただおれは、きみが何のためにそんなことをしているのかだけが気になったんだ……。だから、君を探すことにした。外に出るのは思いのほか勇気が要って、あの日、ようやく初めてあの街に着くことに成功してね」

車がガスを吐き出すのと同じように、シュウは言葉を紡ぎながら前へ前へと歩いて行く。

きっと、彼の身体の中では何かが爆ぜて、高く高く燃え上がろうとしている。

それがうまくできるかは、シュウに掛かっている。

僕には聞こえないが、彼には何かの駆動音がはっきりと聞こえているに違いない。

「だから、きみが、誰かの名前を借りているのに嫉妬してしまった」

シュウは再び街灯の下に立ち二度のターンを決めながら随分と離れてしまった僕を待っていた。

僕はシュウのダンスに、目を離すことができなかった。その足が僅かに地を離れていた気がしたからだ。

間違いない。シュウの星はきっともうすぐたどり着ける。

「だから、嬉しかったんだ。きみがシュウだったことが嬉しかった。お前ならできる、お前ならやれるって。無理だっつーの。だっておれ、死んじゃったんだから。壊れちゃったんだから。バラバラになっちゃったんだ。うまく動けないし、自分の感情もわからなくなった」

シュウは苦しんでいた。宇宙船から墜落し、傷だらけだったシュウの身体に、地球の重力法則は、シュウには重荷だった。

シュウは、以前の輝きを失い、自分が誰だかわからなくなってしまった。

文字通り、シュウは一度死んだ――シュウ自身が、死んだとばっかり思っていた。

「だれにも死んだと認めてもらえなかったおれが、ちゃんと死んだと認めてくれたのが嬉しかった。きみが僕を見て、がっかりしていたのが嬉しかった。きみが僕のために泣いてくれたことが嬉しかった。きみが僕を以前の僕とは違う存在だと認めてくれたのが嬉しかった」

シュウは早口でまくしたて、足早に駆けていく。

シュウの中の大きな炉に炎が灯り、足元は眩い程の光に照らされ、視界が開けていく。僕らの先に、海が見える。

ガードレール下の海から運ばれた風に、シュウのぼさぼさの髪がぶわりと膨らむ。

真っ暗な海を前に、シュウは振り返り、月明りの下で笑いながら涙をぬぐっていた。僕らを邪魔するやつなんて、誰もいない。

沈黙の踏切を渡ると、僕らは柔らかな砂を踏み、海へとたどり着いていた。

砂に腰掛け、靴下と革靴を脱いで波音に耳を傾ける。

四月の初めの真夜中の風はぴしゃりぴしゃりと冷たく、僕らは白い息を吐き出しながらまたたく星を眺めていた。

空の闇はうっすらと透明感を増していき、間もなく夜は終わる。
シュウは伸びた髪を耳にかけ、膝を抱きしめる。

「ねえ知ってる? 明けの明星は四月じゃ見えないんだ」

僕は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。目を見開き、言葉を探して迷子になった口がうっすらと開く。

「それじゃあ、お前の星は――」

だが、シュウはなにが可笑しいのか、体育座りした膝に頬をうずめ、微笑みをたたえながら僕の顔を懐中電灯で照らしてみせた。

「……ばかだなぁ」
「は?」

シュウは、懐中電灯を僕の足元に照らしてみせる。

「きみには見えてないみたいだから、こうしてあげる」

それは、ただ二本足が灯りに照らされているだけの、凡庸な光景だ。
特別なことといえば、そのズボンはシュウの通っていた学校の制服を着ているというぐらい。

「おれには、ずっとずっと、こう見えてだんだ」

シュウの光が、別の場所に移動する。今度は僕の肩だった。そしてそのまま、頭、胸、腹、脚と懐中電灯をの光で僕の身体を照らしていった。

「ここも、ここも、ここも。こんな灯りじゃ足りない位、強くて、眩しく輝いてた」

彼は懐中電灯を放り投げ、砂浜に寝転ぶ。

「目が眩むんじゃないかってくらい、君は眩しくて、僕はずっと君の光にあこがれてた」

「何言ってんだよ……」

僕は凡庸でくだらない、人に蹴られて終わるような煤けた石ころのはずだ。

「近くて遠い、星の在処は――」

シュウは僕に手を伸ばす。その手を握り、腕を引いてシュウを引っ張り上げる。

「ずっと、ここにあったんだ」

その瞬間、不思議なことが起きた。僕の手に光が見えている。その光が、シュウに伝わり、シュウは少しずつ輝きを取り戻し、また少し、ふわりと浮かびあがったのだ。

「ありがとう――。僕のたった一人の星の王子様」

シュウが細めた目は、朝焼けを背負っているのにも関わらず、蛍の群れを飼う籠のように、うつくしく輝いていた。

きっと今日は、僕たちが少年だった最後の日。

* * *

指が太くなったのだろうか。結婚指輪が少しきつくなってきた。

待った時間よりも短時間でカップ麺を食べきり、ハンガーにかけたスーツを乱暴に奪って自分に身に着けていく。

妻が出ていってどれくらい経っただろう。きっと僕たちは星のめぐりあわせが悪かった。

少年最後の日の思い出も今は色あせ、機械のように繰り返される毎日に身をゆだねている。

アパートの扉を開ける。

「――」

僕は思わず顔を上げた。

そこにはシュウが嬉しそうにたっぷりと光が詰め込まれた目を細めていたからだ。

シュウはあれから興味のあった天文学者になり、本も売れてそこそこ名の知れた若手学者として歩み出しているところだ。

彼は手を伸ばし、僕をアパートの部屋から引きずり出す。

「ねぇ、一緒にきみの星を探しに行こうよ!」


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【連載小説】近くて遠い星の在処

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