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壮大な自由研究

小さなことからコツコツと
年明けから大晦日に見つけた曾祖父の情報が書かれていたサイトの内容を確認する作業をしていました。するとこのサイトの記事を担当したライターさんは実に丁寧なお仕事をしてらっしゃいました。

それにしても日本の庶民の歴史を辿るにはせいぜい過去帳、戸籍限界です。それに比べてアメリカの1個人に対する情報量の多さは何なのでしょうか。うんざりするほどの情報がありました。

またもや発見
作業に飽きたので、視点を変えて動画の検索をすることにしました。娘が記事を書いたライターさんと曽祖父のひ孫のインタビュー動画を見つけました。ちなみに日本の親族おける私はひ孫です。娘と腰を抜かすほど驚きました。

聞くところによるとアメリカは先祖探しが盛んで、家系を探るサイトやDNA鑑定で親族を探すことが一般レベルで行われています。おかげ私の調査もスイスイと進めてきたのです。

事実、北米には曽祖父のDNAが広がっているのですが、実は他にもブラジルに移民した親戚もいます。つまり南北のアメリカ大陸に広島のド田舎の庶民のDNAが広がっているというわけです。

私は少し得意になり「すごいな、これは世界制覇も夢じゃないな。」とショッカーの首領の気分を味わいました。

さらに駒を進める
曽祖父の行動にどうしても確認したい事があるので、ライターさんの連絡先を探しました。メッセージは私の英語の先生に英文チェックをお願いし念入りに文章を考えました。

そしてポチッと送信。

常に走りながら考えて、ポチッと押したら、アメリカにビューンと届いたようです。思いがけずライターさんから返信が来ました。そして親戚に連絡をしてくれる運びになりました。予想外の高速展開です。

曾祖父さんへのボヤき
半年前に名前を知った曾祖父さん。写真もないから存在そのものが実感が湧かない存在でした。

40年前にロサンゼルスに行ったのに、墓参りにも来ない薄情なひ孫だと思っていたかな。だってその時は曾祖父ちゃんがアメリカにいたとは全く知らなかったのよ。

知ってますか、私が帰国した日に、あなたの娘であるおばあちゃんが息を引き取ったんだよ。アメリカと日本で、生き別れになっていたんだね。おばあちゃんは口数の少ない人だったけど、曽祖父さんの面影がありました。

英語の勉強を始めて、ちょうど1年目の今月、ライターさんと英文でやり取りしたよ。もしかしたら子孫と連絡が取れるとこまで来たよ。じ

曾祖父さん、私に何をさせたかったの?日本とアメリカに別れた子孫の再会を願っていたのかな?

この学術研究には及びません。単なる自由研究にしては壮大なテーマだよ。ちなみにギャラは母からの金一封だけど、とっくに広島の旅で使い果たしたよ。

せめて調査の意味が分かればいいのにぁ。

ここでボヤキタイムは終了。

さあ今日も進めていくよ。

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