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週末の四方山話

「本を読んでました」

ここ数日で、「発達障害」に関する入門書を読み漁りました。本のグレードを上げ、新たに図書館で本を借りてきました。こうして少しずつステップを踏んで、専門知識を入れていきます。同時に社会福祉士や教師の友人に、「発達障害」に関する感想や質問を送りつけては、意見交換をしていました。

本を読むのに飽きたら、英語のテキストを訳していました。これにも飽きたので、TVerで「最後から2番目の恋」を見ていました。40、50代に突き刺さるセリフで、面白いドラマです。

「私の特性」

私の性格は飽きっぽく、集中力が続きません。だから勉強は苦手意識があります。もしわたしが今、学校に通う年齢なら、「発達障害」のカテゴリーにいる可能性があります。小中高校の勉強では、苦手科目ばかりでした。
学校は好きでしたが、勉強に対するストレスは大きかったです。数字も苦手です。理数系は壊滅的。得意科目の日本史も、年号は覚えれないので、最初から捨てていました。漢字は読めるけど、書き取りは苦手。暗記も苦手・・・つまり成績は壊滅的でした。

「こんな私が勉強が面白いと思えたこと」

ところが短大での学習が、ピタリと当てはまり、とても楽しかったです。恩師の指導により、こんな私でも学ぶことができるという「学問の自由」を教えていただきました。ここで生まれて初めて「勉強が面白い」と思うことができました。
恩師が学生のテーマに添った参考書籍を紹介してくれたので、たくさん本を読んだ2年間でした。
短大では試験や課題は記述式がほとんどだったので、ものを書く訓練になりました。これはその後の学びに大きく役立ちました。

「飽きっぽい私の学習法」

大学に編入すると、単位は、科目のレポート課題を2本合格したら、筆記試験を受験します。それをパスしたら単位をもらえる方式だったので、単位取得に時間がかかりました。
さすがにレポートの本数が多いので、レポートを書くことに飽きてきます。そこで私はテーブルに1レポートの資料と用紙 2朝刊 3読みかけの本や漫画 4雑誌の週刊東洋経済(父の友人からバックナンバーを頂いていました)、これを並べて、1に飽きたら、2→3→4→1と、クルクルと循環していくのです。この方式でレポートを片付けていきました。飽きっぽい私に合った学習方法でした。

「書くのがつらくなる大学院」

大学院でも書くことは苦にならなかったです。しかし研究がすすむにつれて、教授の指導法が合わなくなってきました。
教授が気に入る文章を書かなくてはなりません。何度も何度も書き直した挙句に、教授自身が私の文章を全て書き換えるのです。出来上がった文章は、違和感だらけです。論文の趣旨も微妙に歪んできました。こんなことを繰り返すうちに、文章を書くのが苦痛になっていました。というか書けなくなったのです。

なによりキツかったのが研究の議論がないことでした。研究に深みがでません。ゼミでも学生が発言ができるような雰囲気がないので、教授からの一方通行な指導の時間でした。そのようなのはゼミじゃないと思います。けど何も言えない苦痛な時間でした。
とどめに教授が「書籍は、売ろうと思って面白おかしく書いてあるので、参考文献はなんの役に立たない」と言った時に、全てがガラガラと崩れていきました。
本を否定されることは、私には許し難い発言でした。卒業後に無理矢理やらされていた論文審査に落ちて、やっと解放されました。

どうやらまだまだ後遺症が残っているようです。フラッシュバックのようです。つまらない過去を書いております。notoに自由にものを書くことによりリハビリは継続中です。



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