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高齢者vs若者の対立は本当に必要か?

日本は世界でも有数の高齢化社会である。2020年の国勢調査によると、65歳以上の人口は約3600万人で、全人口の28.7%を占めた。一方で、15歳から64歳までの生産年齢人口は約7500万人で、全人口の59.4%にとどまった。このように、高齢者と若者の比率が大きく変わってきていることは、社会的な問題を引き起こしている。

高齢者と若者の間には、さまざまな対立構造が存在すると言われている。例えば、高齢者の医療費や年金などの社会保障費が増大し、それを負担する若者が不満を抱くというものだ。また、高齢者が政治や経済に大きな影響力を持ち、若者の声が聞かれないというものだ。さらに、高齢者が若者に対して厳しい態度をとり、若者が高齢者に対して敬意を払わないというものだ。

しかし、このような高齢者vs若者の対立構造は本当に正しいのだろうか?それぞれの立場から見てみると、実はそうではないことが分かるかもしれない。本稿では、以下の4つの論点について考えてみたい。

  • 高齢者の医療費は増大する一方で、それを是正する必要があるというが、それは本当に正しいのか?

  • 若者は、自分が高齢者になった時に同じことが言えるか?今度は高齢者を保護しろというのではないか?

  • 高齢者も若者も自分のことしか考えていない

  • 今も昔も資産を築ける人しか安定した生活を送れていない

高齢者の医療費は増大する一方で、それを是正する必要があるというが、それは本当に正しいのか?

高齢者の医療費は年々増加しており、2019年度には約43兆円に達した。これは全医療費(約44兆円)の約半分を占める。また、高齢者一人当たりの医療費も約140万円と非常に高く、若年層(約30万円)や中年層(約60万円)と比べても圧倒的に多い。

このような状況を見ると、高齢者の医療費は無駄遣いや過剰診療が多く、それを是正する必要があるという意見が出てくる。しかし、それは本当に正しいだろうか?

まず、高齢者の医療費が増加している理由は、単純に高齢化社会であること以外にもある。例えば、

  • 医療技術や薬品の進歩により、より効果的で高価な治療法や薬物が使われるようになった

  • 高齢者の健康意識や予防医療の普及により、定期的に検診や健診を受ける人が増えた

  • 高齢者の生活環境や社会参加の改善により、より長く生きる人が増えた

これらの要因は、高齢者の医療費を増加させる一方で、高齢者の健康や福祉にも寄与している。つまり、高齢者の医療費は、単に負担として見るのではなく、投資として見るべきなのである。

また、高齢者の医療費を是正するという考え方は、高齢者を差別するものであるとも言える。高齢者は、若い頃に税金や保険料を納めてきた人々であり、社会に貢献してきた人々である。彼らが老いて病気になったからといって、医療サービスを制限したり削減したりすることは、人権や尊厳を侵害することである。高齢者に対しては、必要な医療を受けられるようにすることが、社会的な義務であるとも言える。

したがって、高齢者の医療費は増大する一方で、それを是正する必要があるという考え方は、本当に正しいとは言えない。むしろ、高齢者の医療費は社会全体の責任で支えるべきであり、高齢者に対しては公平で質の高い医療サービスを提供するべきである。

若者は、自分が高齢者になった時に同じことが言えるか?今度は高齢者を保護しろというのではないか?

若者は、高齢者の医療費や年金などの社会保障費が増大し、それを負担することに不満を抱くことが多い。若者は、自分たちが働いて稼いだお金が高齢者に流れていくと感じており、自分たちの将来や夢を諦めざるを得ないと思っている。また、若者は、自分たちが高齢者になった時には社会保障制度が崩壊しており、自分たちには何も残らないと恐れている。

しかし、若者は本当にそう思っているだろうか?もし若者が自分が高齢者になった時に同じことが言えるか考えてみたらどうだろうか?今度は高齢者を保護しろというのではないか?

実際には、若者も高齢者も同じような不安や願望を持っていることが多い。例えば、

  • 若者も高齢者も健康で長生きしたい

  • 若者も高齢者も自分らしく生きたい

  • 若者も高齢者も家族や友人と仲良くしたい

  • 若者も高齢者も社会から必要とされたい

  • 若者も高齢者も経済的に安定したい

  • 若者も高齢者も自分の意見や価値観を尊重されたい

これらのことは、年齢に関係なく、人間として当然のことである。しかし、現実には、若者も高齢者もそれらのことを満たすことが難しいことが多い。若者は、就職や結婚などのライフイベントに直面し、自分の道を探すことに苦労する。高齢者は、退職や介護などのライフイベントに直面し、自分の役割を見失うことに苦労する。若者も高齢者も、社会の変化に対応することに挑戦する。

そうした中で、若者も高齢者も、自分たちの立場を守ろうとする。しかし、その結果として、互いに対立することになる。若者は高齢者を負担だと思い、高齢者は若者を無責任だと思う。しかし、それは本当に正しいだろうか?

もし若者が自分が高齢者になった時に同じことが言えるか考えてみたらどうだろうか?今度は高齢者を保護しろというのではないか?若者は、自分が老いて病気になった時には医療サービスを受けたいだろう。若者は、自分が働けなくなった時には年金を受け取りたいだろう。若者は、自分が孤独になった時には社会から支援を受けたいだろう。そして、若者は、自分が死んだ後には世界が平和であってほしいだろう。

これらのことは、高齢者も同じように思っていることである。高齢者も若者も、人間である以上、同じような感情や欲求を持っているのである。だからこそ、高齢者vs若者の対立構造は本当に必要か疑問に思うべきである。

高齢者も若者も自分のことしか考えていない

高齢者vs若者の対立構造を見ると、高齢者も若者も自分のことしか考えていないように見える。高齢者は自分たちの権利や利益を主張し、若者は自分たちの自由や夢を追求する。高齢者も若者も、人間である以上、自分本位でエゴイストであるのである。

高齢者も若者も、他人のことを考えられる人は少数派であり、マクロな観点で社会を見れる人はもっと少ない。高齢者も若者も、自分のことしか考えていない人が多数派であり、ミクロな観点で自分の利益を追求する人がほとんどである。高齢者vs若者の対立構造は、自分本位の人間同士の争いであり、社会的な問題を解決するための方法ではなく、むしろ問題を悪化させる原因である。

今も昔も資産を築ける人しか安定した生活を送れていない

高齢者vs若者の対立構造を見ると、高齢者は資産を持っており、若者は資産を持っていないように見える。高齢者は自分たちが働いた時代には経済が好調であり、貯金や不動産などの資産を築くことができた。しかし、若者は自分たちが働く時代には経済が不安定であり、貯金や不動産などの資産を築くことができない。このように、高齢者は資産を持っており、若者は資産を持っていないという格差が存在すると言われている。

しかし、それは本当にそうだろうか?

実際には、高齢者も若者も資産を築ける人しか安定した生活を送れていないことが多い。例えば、

  • 高齢者の中には貯金や不動産などの資産がなく、年金だけでは生活できない人が多い

  • 高齢者の中には貯金や不動産などの資産があっても、それを使うことができず、老後破綻する恐れがある人が多い

  • 高齢者の中には貯金や不動産などの資産があっても、それを子供や孫に相続させることができず、税金や手数料で減らされる人が多い

  • 若者の中には貯金や不動産などの資産がなくても、自分の才能や能力で稼ぐことができる人が多い

  • 若者の中には貯金や不動産などの資産がなくても、親や祖父母から相続することができる人が多い

  • 若者の中には貯金や不動産などの資産を築くことができる人が多い

これらのことは、高齢者も若者も資産を持っているかどうかではなく、資産を築けるかどうかで生活の安定度が変わることを示している。高齢者も若者も、今も昔も資産を築ける人しか安定した生活を送れていないのである。だからこそ、高齢者は資産を持っており、若者は資産を持っていないという格差は本当に正しいか疑問に思うべきである。

改めて、高齢者vs若者の対立構造は本当に必要か?

本稿では、高齢者vs若者の対立構造は本当に必要かという問いについて、以下の4つの論点について考えてみた。

  • 高齢者の医療費は増大する一方で、それを是正する必要があるというが、それは本当に正しいのか?

  • 若者は、自分が高齢者になった時に同じことが言えるか?今度は高齢者を保護しろというのではないか?

  • 高齢者も若者も自分のことしか考えていない

  • 今も昔も資産を築ける人しか安定した生活を送れていない

それぞれの論点について、高齢者vs若者の対立構造は本当に正しいとは言えないことを示した。高齢者も若者も、人間である以上、同じような感情や欲求を持っており、互いに理解し合うことができるはずである。高齢者も若者も、社会の一員であり、互いに協力し合うことができるはずである。高齢者vs若者の対立構造は、社会的な問題を解決するための方法ではなく、むしろ問題を悪化させる原因である。

だからこそ、高齢者vs若者の対立構造を乗り越える必要がある。高齢者も若者も、自分の立場だけではなく、他人の立場に立って考えることができるようになる必要がある。高齢者も若者も、自分の利益だけではなく、社会全体の利益を考えることができるようになる必要がある。高齢者も若者も、自分の意見だけではなく、他人の意見を尊重することができるようになる必要がある。

そうすれば、高齢者vs若者の対立構造は消えていくだろう。そして、高齢者も若者も幸せに暮らせる社会が実現するだろう。そのためには、高齢者も若者も一歩ずつ歩み寄っていくことが大切である。高齢者vs若者の対立構造は本当に必要か?答えはノーである。

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