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62.世界に飛び立つ現代のブラジル音楽 = Anitta

今回は現代のブラジル音楽を聴いてみましょう。ブラジル音楽と言えばサンバやボサ・ノヴァ、その流れを汲んだMPB(Música Popular Brasileira = ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)など独自のコード進行、リズムを持っています。ジョアン・ジルベルトセルジオ・メンデスカエターノ・ヴェローソエリス・レジーナなど日本でも愛聴されるミュージシャンが多く存在し※1、その音楽性は世界のミュージックシーンに影響を与えてきました。では、2020年現在のブラジル音楽はどうなっているのか※2。

まず、現在のブラジルで最も人気があるのはAnitta(アニッタ)でしょう。1993年リオデジャネイロ生まれ、2010年にデビューし、その後TV出演などで知名度を獲得していって大ヒットナンバーを次々と生み出しています。アメリカ音楽界のスターとのコラボも多く、冒頭の曲はCardi B(アメリカのヒップホップ女性スター)とMyke Towers(プエルトリコの若手男性ラッパー)をフューチャー。ブラジル音楽的なリズムが印象的な曲です。サンバのリズムに始まり、パーカッションの使い方、そこからムーディなラテンミュージックの雰囲気に変わるなど南米音楽の見本市のような良曲。けっこうお色気(お尻の強調が多い)路線の歌手ですが、この曲のMVは彼女の中ではお上品な内容。同じラテンアメリカ出身のスターShakira(シャキーラ)もそうですが、サンバやベリーダンスの腰の動きが特徴的です。

今年(2020年)のスーパーボウルのハーフショーでパフォーマンスを行ったのはジェニファーロペスとシャキーラというラテンポップスの大スター二人でした※3。今年のUSではラテンポップスとK-POPの2つの「非英語圏」の曲がパワーを持っているように感じます。現在ラテンポップス界で勢いがあるのはコロンビア出身のレゲトン・シンガーJ.Balvin(ジェイ・バルヴィン)。彼とアニッタは仲が良く、何曲かコラボもしています。

基本的にラテンポップスはスペイン語です。その中でアニッタはポルトガル語。南米でブラジルだけがポルトガル語圏なんですね。なので、アニッタ本人も「私には、スペイン語とポルトガル語の橋渡しをして、両者をポップスでつなぐという使命がある」という使命感があるようです※4。

他にも現在、ブラジルで人気のある地元アーティストを見ていきましょう。基準として、世界最大規模の音楽フェスティバルRock In Rioに注目します。Rock In Rioはその名のとおりリオデジャネイロで行われるロック系のフェスティバルで、Queen、AC/DC、Prince、Iron Maiden、Guns N' Rosesなど世界的なビッグスターをヘッドライナーに迎えて行われるイベントです。初回は1985年、その後も不定期に行われ、2010年以降は毎年開催されています(2020年だけコロナの影響で中止、2021年は開催予定)※5。ここで、直近の開催である2019年度にメインステージに出た地元アーティストを見ていきましょう。2019年(Rock In Rio8)は7日間にわたって開催され、各日とも最初の出演が地元アーティストです。冒頭のアニッタは6日目の登場(この日のヘッドライナーはP!nk)、他の日を紹介していきます。

まずは1日目(ヘッドライナーはDrake)、Alock。DJマガジンの世界DJランキングで2020年度は5位、1991年生まれで2004年デビュー。知名度も高くDJプレイで聴衆を熱狂させる確かなテクニックを持っています。父親もブラジルでは有名なDJで、サイケデリックトランスの祖。ブラジルのバイーア州で行われているクラブイベント「UniversoParalello」の創設者でもあります。

音楽的にはあまりブラジル要素は感じませんが、独特のMVが印象に残ります。撮影はブラジル、リオデジャネイロでしょうか。

続いて2日目(ヘッドライナーはFoo Fighters)、CPM 22です。Rock In Rio8には「CPM 22 + Raimundos」という二組のカップリングで出演。二組ともベテランのメロディックハードコア(メロコア)バンドですが、今回はCPM22を取り上げます。CPM22はサンパウロで1995年に結成された活動歴25年のベテラン。日本だと、、、ハイスタとかエルレガーデンあたりのそんなイメージでしょうか。アンダーグラウンドなシーン出身ながら全国的な知名度と熱狂的なファン層を持っているようです。

基本的にはメロコアなのでパンキッシュですが、あまりそうした曲だと「ブラジルならでは」の特長を感じなかったので今回はアコースティックセットの映像から。この曲はコード進行やメロディがブラジル的です。ポルトガル語の響きも独特で、ブラジル音楽特有のサヴタージ(郷愁、憧憬、思慕、切なさ)を感じます。マイナーになりきらず、サラッとした感じなのが特徴的ですね。

3日目(ヘッドライナーはBON JOVI)、この日の地元アーティストはIvete Sangalo(イヴェッチ・サンガロ)。1993年にバンド「Banda Eva(バンダ・エヴァ)」のボーカルとしてデビューし、その後ソロ活動に転向。女優業もこなすなどブラジルでは高い知名度と人気を誇るベテラン歌手です。日本で言えば...元ジュディマリのYukiみたいな感じでしょうか。うーん、ユーミンや竹内まりやの方が近いかな。ブラジルの女性アーティストの中では大御所。彼女の2020年10月リリースの新曲をどうぞ。

いわゆる「ブラジル音楽」と聴いて想像するであろうMPBの流れを汲む良質なブラジリアン・ポップス。大衆性がありながら練られたメロディ。ポップスの煌めきを感じます。

4日目(ヘッドライナーはRed Hot Chili Peppers)。ヘッドライナーからも分かるように、Rock In Rioは日によってコンセプトが明確に変わります。この日の地元アーティストはCapital Inicial(キャピタル・イニシャル)。1982年から活動するベテランロックバンドで、デビュー当時はパンクロック然としていました。若者世代のバンドとして80年代前半に人気を得ますが80年代後半にポップス路線への転向が失敗して一度失速・活動停止。その後90年代後半にMTVのアンプラグドで復活し、現在まで人気バンドとしての地位を確立しています。日本で言えば、、、ブームやユニコーンあたりですかね。けっこう時期や曲によって音楽性が違うというか、幅広い音楽性を持っています。

こちらはアコースティックな響きの2015年のナンバー。ロックらしい荒々しさ、ダイナミズムに加えてアコースティックの表現力、ブラジル音楽のサヴタージ、ベテランの説得力と余裕が加わった佳曲です。

5日目(ヘッドライナーはIRON MAIDEN)。この日はメタルの日です。ブラジル音楽ファンに限らず世界のメタラーならご存じのSepultura(セパルトゥラ)。本国でも安定した人気を保っているようです。Sepulturaは1984年結成、1986年デビュー。メタル界にとどまらず、南米出身のロックバンドとして見てもトップレベルの世界的成功を得ています。もともとはブラックメタル的な音像(ブラックメタルの祖ともされるサルコファーゴもSepultura出身者が結成)でしたが、91年の「Arise」ではスラッシュ的なソリッドな音像になり、93年の「Chaos A.D.」、96年の「Roots」ではブラジル民族音楽のリズムを取り入れるなど、90年代、メタリカのブラックアルバムに始まった「ヘヴィ&スロウ」化の中で独自のリズム激烈化の方向に進化。このメタル+パーカッションの流れからSlipknotなども出てきたとも言えるし、ヨーロッパやアメリカのバンドのフォロワーというより、同時代で共にジャンルを切り開いてきたパイオニアでもあります。彼らのブラジル音楽的な側面が感じられる1曲をどうぞ。

2020年リリースのアルバム「QUADRA」からのナンバー、アマゾン河の環境破壊について取り上げています。最初のコード進行やリズム感が独特。リズムは単なる手数の多さや疾走感ではなく、しなやかで動物的な激烈性を感じます。

6日目は紹介済み(アニッタ)なので最終日の7日(ヘッドライナーはMuse)。この日のアーティストはOs Paralamas do Sucesso(オス・パララマス・ド・スセッソ)。1977年ごろにメンバーが集まり始め、1983年に結成、1984年デビュー。ベテランバンドです。リオデジャネイロ出身で先ほど紹介したキャピタル・イニシャルとも古くから親交があります。一言で言えばオルタナティブロックバンドですが、ミュージシャンズミュージシャンというか、演奏力、作曲力が高く芸術性が高い音楽です。実験性も高い音楽なので売り上げという点ではブラジル国内ではそこまでヒットしませんでしたが、たとえば1994年のアルバムにはQueenのブライアン・メイがゲスト参加したりするなど著名ミュージシャンからも評価されます。英語圏で世界的に知名度が上がり、逆輸入という形でブラジル国内の人気も高まっていったようです。2020年、コロナ禍の中で公開されたビデオをどうぞ。

同じくブラジルのCaetano Velosoあたりも彷彿させるリズムとメロディの絡み合いですが、彼のように「声」を中心というよりはちょっとXTC的なひねくれたポップさも感じます。個人的に日本のアーティストで一番イメージが近いのはムーンライダースですね。もうちょっと知名度が高い方で言えば細野晴臣とか坂本龍一とか。

以上、Rock In Rio8(2019)出演アーティストから見た「現代のブラジル音楽」でした。それでは良いミュージックライフを。


※1 ブラジル音楽のいわゆる「名盤」についてはブラジル、サンパウロ在住の音楽ジャーナリスト沢田太陽さんのnote記事がおススメです。

※2 「今のブラジルで大衆の支持を得ているアーティスト」の基準としてRock In Rio出演アーティストを並べてみましたが、日本に入ってくる「ブラジル音楽」の基準とはやや異なっています。ARBANの「最新ブラジル音楽を知るための名盤ガイド15選」もどうぞ。また、南米音楽全般についての情報の宝庫「Latina」がnoteにあります。

※3 スーパーボウルのハーフショーの模様はこちらをどうぞ。ド派手オブド派手です。このショーの前にジェニファーロペスがシャキーラを抱きしめて「世界中に、小さなラテンの女の子たちに何ができるのか見せてやりましょう」と投稿。「ラテン」というジャンルをアメリカで切り開いてきた自負を感じます。

※4 アニッタのインタビューはこちら。自身の生い立ちと立ち位置について語っています。

※5 Rock In Rioのデータはこちら。過去の開催年、主要な出演アーティストが一覧できます。

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