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新しい音楽頒布会 Vol.20 2023/1-8月の若手正統派HMアルバムベスト10

今回はトラディショナルメタル(80年代的なヘヴィメタル)特集。Judas PriestIron Maidenの影響下にあるN.W.O.T.H.M(New Wave Of Traditional Heavy Metal)と呼ばれるジャンルとUS POWER METALの新譜を集めてみました。N.W.O.T.H.Mとは90年代、グランジオルタナムーブメントを経てNuMetalやGroove Metal、Alternative Metalがメインストリームを席巻し、ひと段落した2000年代半ば。メインストリームはそこからメタルコアやメタリックなメロコアなどに移行していきますが、別の動きとして80年代的なメタル復権の動きが欧州を中心に出てきます。そのムーブメントがNWOTHM。NWOBHM(New Wave Of British Heavy Metal)や70年代UKハードロックの影響下にある音像が多いです。具体的にはツインリードメロディアスなボーカルバタバタしたドラムなど。ちょっと古臭い音像なのが特徴。いわゆる「B級メタル」なんて揶揄されることもありますが、そうしたバンドやアルバムって数曲の「キラーチューン」が入っていることも多くてそうしたアルバムを集めている人たちが一定数いたわけです。N.W.O.T.H.M.はそうしたB級メタルバンドたちの「キラーチューン」とか「名盤を掘り当てる宝さがし感」を現代の感覚でうまく再現しているバンド群。昨今のメタルシーンですっかり主流になったグロウル(デス)ボイスは使われません。

また、USでは昔も今も変わらずアンダーグラウンドに存在するUS Power Metalの一群が健在でStoner Metalとも連動している、このあたりの音像もNWOTHMバンド群に組み込まれたりして境界線はちょっと曖昧。こちらの若手の新譜も集めてみました。こうした「(70~)80年代感があるメタル」の2023年バージョンを見ていきましょう。けっこうこのジャンルは活発で今年も話題作が多く出ています。そんな中から10枚を紹介。すべて2023年リリース作。

バンド名/アルバムタイトル(出身国 デビュー年-)の表記。


Enforcer / Nostalgia(Sweden 2007-)

N.W.O.T.H.の立役者的なスウェーデンのエンフォーサーの新譜。さすがに初期ほどのインパクトはなくなりましたがやはり一流。何よりボーカルが上手い。このジャンル、そこまで歌が上手い人が少ないんですよね。最近のメタル界のボーカリストはグロウル系が多く、ハイトーンがしっかり出せる人は少なくなってきています。このバンドはしっかり金切り声ボイスも出せるし曲作りも80年代メタルの美味しいところを集めたようなセンスがある。本作はちょっと後半が失速する感じが惜しいですが全体としてみればこのシーンでは最高レベルの完成度です。前半~中盤にかけての盛り上がりは見事。比較的アップテンポで軽快に進むのも◎。

Sprit Adrift / Ghost at the Gallows (U.S. 2016-)

USのスピリットエイドリフト。2016年デビューなのでまだまだ若手ながら貫禄十分。USのバンドだけあってストーナーメタルの影響も感じます。Iron Maiden的なツインリードを持ちつつストーナー感覚もあるという面白いバンド。MastodonとかBaronessとかと似た路線だと個人的には理解しているんですが、それらに比べてもツインリードの湿り気がこのバンドは強め。本作は疾走感のある曲もありつつ全体的にはけっこうストーナー色が強めになっていてタイトルトラックの最終曲なんかは静かな「ロック」色が強くてメタル色自体薄目。そのあたりが過去作に比べてやや勢いが減衰したと感じますが、バンドとして新機軸を取り入れていく、先に進んでいく姿勢も感じます。本作発表前にベースとドラムが抜けてボーカル・ギターのNate Garrettのソロプロジェクトに(もともと彼が中心人物ではある)。その変化も影響しているのかもしれません。

Wytch Hazel / IV: Sacrament (U.K. 2011-)

UKらしい湿り気を持ったウィッチヘイゼル。N.W.O.B.H.M.の初期、あるいはもっと前の70年代UKハードロックからの直系という音作りですね。80年代的なパワーコードの刻みや疾走感よりはもう少し前の世代の音作り、曲作りをうまく取り入れている。本作はメロディセンスが絶妙で、ボーカルも楽器隊も決して息をのむほどテクニカルではないものの曲の魅力を十分に伝えるパフォーマンスをしています。B!誌で90点台をたたき出すという快挙を成し遂げましたがそれも分かる出来。なんだか名盤のオーラがあるんですよね。どこか突出しているというより全体としてバランスがいいアルバム。重すぎず軽すぎず、UKらしい湿り気も持った良質な音楽。アコースティック楽器の使い方も自然体で見事です。

Century / The Conquest of Time (Sweden 2020-)

こちらもスウェーデンから、これぞN.W.O.T.H.M.という音像。センチュリーのデビューアルバムです。Judas Priestなどの先人が生み出したパワーコードの刻みリフとMotörheadRavenのような疾走感。Thin LizzyIron Maidenのツインリード。そして北欧メタルらしいメロディアスな歌メロと透明感のあるコーラス。ボーカルはちょっと弱めですが、全体のバランス力で補っています。プロダクションがちょっとモコモコしているのも良い味。80年代のビンテージな味わいがあります。実際、活動規模もDIYに近いだろうし、こうした「手作りメタル」はメタル愛を感じます。

Haunt / Golden Arm (U.S. 2017-)

U.S.のハウント。こちらはU.S.のバンドながらあまりUS POWER METALの影響はなく完全にN.W.O.T.H.M.的な音像。というか、プロトパンクとか初期LAメタル的なシンプルな歌メロが特徴。ボーカルが弱いというか吐き捨て型でパンキッシュなんですよね。歌メロがかなりシンプルで、だけれどギターはけっこう凝ったことをやっている。ツインリードもあるし。デヴィットリーロス時代のVan Halenに欧州的なギターセンスを組み合わせて、スピードメタル的なパンキッシュな疾走感を組み合わせたようなバンド。スピードメタルって70年代に生まれたパンクとハードロックの融合なんですよね。それが80年代にはUSではスラッシュメタルに深化していく。このアルバムは初期スピードメタルを彷彿させる音像で歌メロがかなりシンプルだしボーカルも音域が狭めなのでそこがハマるかどうかですが、勢いがあって好きです。1曲1曲も短めで勢いがある。8曲で27分28秒という潔い内容。

Tanith / Voyage (U.S. 2017-)

こちらはデビュー年が新しいので若手の括りに入れましたが中心人物はSATANのRuss Tippens(Vo兼Gt)。SATANは80年代からUKで活躍するN.W.O.B.H.M.のマニア受けするバンドで、現在も現役で活動中。で、こちらはラス・ティッピンのサイドプロジェクト的なバンドなんですが、本家との違いはラス以外のメンバーがアメリカンなんですよね。活動拠点もU.S.。ラスのパートナーである女性がもう一人のボーカルで、SATANに比べるとちょっとリラックスしているというかアメリカンな感じがあるのが特徴。あと、やっぱりデビューして間もないバンド(本作は2作目のアルバム)だけあってSATANに比べるとフレッシュというか、いろんなアイデアを試している感じがします。本家SATANも大シケでいいバンドですが、Tanithはまた違う味わいがある良いバンド。デビューアルバムよりもアメリカンテイストが増した気がします。9曲で43分23秒と1曲1曲がやや長め。この辺りはベテランならではのどっしりした曲展開と勢いで押し切らない作曲力。

Smoulder / Violent Creed of Vengeance (Canada 2018-)

ジャケットからしてワクワクしますね。こちらはUS POWER METAL若手の期待株、スモールダーの新譜。同じくカナダ出身の英雄、Rushの初期のような雰囲気(声がゲディリーっぽい)を持ちつつ、若手らしい性急さ、勢いもあって素晴らしいアルバムです。ギターの音も適度にザクザクしていて心地よい。なお、N.W.O.T.H.M.とUS POWER METALの最大の違いは「1曲の長さ」。US POWER METALは1曲1曲が長めです。このアルバムも7曲で42分19秒。つまり1曲平均6分超え。US POWER METALの源流って個人的にはDIOだと思っています。ミドルテンポで朗々とドラマティックにファンタジックなテーマを歌う、というのがUS POWER METALの一つのテンプレ。「Holy Diver」とかUS POWER METALのお手本のような曲だと思う。DIOからMANOWARに発展していき大仰なドラマが進化していく。アンダーグラウンドではManilla RoadCrith UngolJag PanzerVirgine Steeleなんかが活動するわけですが、(Dream Theater以前=Fates WarningQueensrÿcheの)プログレメタルとも共鳴していき(ドラマティックで大仰な大曲なので)、少し離れたカナダからはRushが進化し、影響を与え続けていたわけです。そうした歴史を詰め込んだようなアルバム。初期Rush好きな人には強くオススメ。

Megaton Sword / Might & Power (Switzerland 2018-)

これは掘り出し物! スイスから現れたメガトンソードのセカンドアルバム。「メガトンソード」というバンド名といいこのジャケットといいなかなか一般層を拒絶していますがプロダクションもけっこういいし(シケシケ感はなく音圧高め)パフォーマンスも熱い。ボーカルもパワフルだし演奏も熱気があります。メンバーは一応2010年代初めから活動しているメンバーもいますがそれほど著名ではなく、熱意をもって作り上げたアルバムという印象。アンダーグラウンドなシーンの中で気を吐いている作品です。8曲39分24秒と適度な長さ。超大曲はなくだいたいどの曲も5分ぐらい。熱演です。

Gatekeeper / From Western Shores (Canada 2013-)

こちらもカナダから。デビュー10年を迎えるゲイトキーパーのセカンドアルバム。そこそこキャリアが長いこともあって曲構成がしっかり練られています。ちょっとドラムの音作りが大人しめというかかっちりしていてバタバタ感よりジャーマンパワーメタルやプログメタルみたいな「整然としたブラストビート」感がB級的な勢いを殺してしまっている部分もあってプロダクションに好き嫌いが分かれるところですが、洗練された音像とも言える。曲も6分台3曲、8分台1曲と長尺曲に挑戦。8曲48分53秒としっかりとしたボリューム感。90年代のアルバムは70分台とかザラでしたけどやっぱりちょっと長いですよね。30分~40分代ぐらいがちょうどいい気がする。あるいはぱっきりコンセプトが違う2枚組みたいになっているとか。

Air Raid / Fatal Encounter (Sweden 2011-)

スウェーデンから3組目、このジャケットで2023年のアルバムという素晴らしさ。エアーレイドの4作目のアルバム。こちらも北欧らしく歌メロも良くギターも泣いています。まさにN.W.O.T.H.M.という音像。なお、同じくスウェーデンのN.W.O.T.H.M.バンドでScremerも新譜を出しているのですがちょっとスウェーデンが多くなりすぎるので選考の結果EnforcerCenturyAir Raidに。こういうバンドがスウェーデンにけっこういるんですよ。カッコいい。ノルウェーにはあんまりいない気がするなぁ。ノルウェーはブラックメタルの総本山ですからね。フィンランドはまた独自路線。N.W.O.T.H.M.で頭角を現すバンドってスウェーデンとカナダが多い気がします。カナダだとRiot Cityとか。あとは今回選んだUS POWER METALの影響も感じるSmoulderGatekeeperとか。掘り出すと楽しい地下世界。

なお、このアルバムの最後に聖闘士星矢の主題歌、ペガサス幻想のカバーが入っています。日本語上手い。


以上、10枚でした。全体的に80年代の本当のB級メタルよりは今の方がクオリティは高い(全体的にシーンのレベルが上がっていて、アルバムをリリースできている時点で一定以上)です。その中でも素晴らしいと思ったアルバムを10枚選んでみました。最近の若手バンドはメタルマニア(RYMとか専門メディアとか)ではデス・ブラック界隈が話題になることが多く、メインストリームだとメタルコアやニューメタル以降のバンドがチャートインすることが多いですが、それ以外で「70年代~80年代メタルの型を継承・発展させていくムーブメント」もしっかり根付いています。

それでは良いミュージックライフを。


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