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メディアとデザイン─伝え方を発明する(8)知ってもらう


10年前のエッセイを再録している。
今回は夏休みのあいだのことを書いた回だ。ここに書いた事情は、今と10年前とではずいぶん違っている。まず、(たぶん)情報デザインに対する理解はこのときよりも深まっており、今では当時より掘り下げて説明する必要はない。したがって、学事に対する姿勢も変わったかもしれない。そのあたりを割り引いて読んでもらえるありがたい。


知ってもらう

大学でのできごとを通して情報のデザインを考える、というのがこのエッセイに与えられたテーマである。しかし、夏は大学がお休みになる。一般的には7月後半から9月後半にかけての2ヶ月間が大学の夏休みだろうが、美大は実技入試のためにどうしても春休みが長くなってしまうので、その分夏休みが短い。補講期間が終わる7月末から後期がはじまる9月第1週までの1ヶ月間である。

私たちの学科は半期制を敷いており、学生は夏の課題もなく思い思いに過ごす。地方から来ている学生の大半は帰省する。1ヶ月のお休みのうち2週間は帰省しているとして、残り2週間に課題を課しても仕方なかろうと我々も割り切っている。夏の間はゼミを1回。そんなところだ。

学生は休みでも教員スタッフはそうはいかない。研究や制作に専念できる時でもあるが、夏は進学相談会の季節なのである。
各都市で開催される進学相談会には全国の美大が集まる。参作とよばれる実技入試の優秀作品が各ブースに飾られ、それは壮観である。受験生本人や予備校の先生はもちろん、熱心な父兄もやってきて、いろんな質問を投げかけてくる。入試傾向や評価ポイントはもちろん、デッサンを持参して講評を求める人もいる。

われわれ情報デザイン学科に特徴的なことは「情報デザインって何をするんですか?」という質問があることだろう。まず油絵や彫刻の先生に、「何をするんですか?」とは聞くまい。
答えに窮することはないが、どのように理解してもらえるかはケースバイケースだ。人を見て説明を変えるのが難しい。「コンピュータを使うんですよね?」と聞かれるも困る。コンピュータやインターネットが重要であることには違いないが、主題がそこにあるわけではない。それに、いまどきコンピュータを使わないデザインの方が少ない。

デザインの間口が拡がってできた新しい領域です。モノをつくるんじゃなくてコトをデザインする分野なんです。椅子をつくろうとするでしょ。普通なら素材をどうする、かたちをどうするって考えるじゃないですか。でも情報デザインでは、座るコトをデザインしようって考えるんです。そうするとほら、椅子じゃない新しい何かが生まれてくる可能性が出てきますよね。だから、つくるものは人によってさまざま。自由に最適解を見つけるんです。
でも入試は鉛筆デッサンなんだから、たいていの人はポカンとして聞いている。美術を基礎とした情報デザインって本当に説明が難しい。

もうひとつ、夏の重要な行事にオープンキャンパスがある。キャンパスを開放して大学を知ってもらおうという趣旨ではじまったはずだが、今では進学相談会同様、受験生への大切なアピールの場になっている。模擬授業あり、著名人の講演ありで、大学は盛り上がるが、学生作品も展示するので、学生にとっても力のはいるイベントとなる。

情報デザイン学科では、前期末展をかねて学生全員の課題作品を展示するほか、昨年度の優秀作品の展示や、ゲストをよんで特別講義を開講する。わかりにくい「情報デザイン」を知ってもらう格好の場なのだ。
どうすれば自分たちが取り組んでいるデザインを知ってもらうことができるのか。ここ数年、学生と教員でチームを作って考えることにしている。パンフレットを企画し、ウェブサイトをつくる。ひと月ぐらい前からブログを立ち上げ、準備の様子をレポートする。もちろん学生が記者である。ここでも「知ってもらうためのモノ」ではなく「知ってもらうコト」をデザインすることが肝腎だ。

今年は、ドアや通路に仕掛けを作った。学生の作品をアレンジして、オープンキャンパス用に作り直してもらった。人の通り道にセンサーを仕掛けて、人が通るたびに、音が鳴ったり、映像が投影されたり、モニターに映った自分がモニターの中の水玉をはじいていたり……。気づかない人は通り過ぎるだけだが、気づいた人はその発見を楽しんでくれる。楽しめば興味がわく。興味がわけばそれが何なのか知りたくなる。

こういったインタラクションを体験したところで、情報デザインについて何かを知り得るわけではない。しかし、きっかけのデザインとして充分に機能している。自分たちを知ってもらおうとすることは、情報をデザインするための、とても有効なエクササイズなのかも知れない。(2009年8月執筆)


図版:ショーケースの前を歩くとケースの中のディスプレイに、映像の水玉をはじく自分が映る仕掛け。

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