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体当たり(掌小説)

なんてまとまりのない学級だろう。どのように指導したらいいのかわからない。生徒を放置したままで、担任としてこれでいいのかなという事を毎日のように考えている。

「先生、まだリレーの練習ができてないです。しなくても大丈夫ですか?」
たまには真面目な生徒もいる。しかし、何人かの生徒は、すでにやる気がなく地面に座り込んでいる。
来月には運動会がある。
「みんな、集まろうか」
生徒たちが、ゆっくりと集まってきた。だるそうにしている生徒も多々いた。
リレーの練習を始める笛を吹くと1番走者が走り出す。次の走者にバトンを渡そうとする。しかし、噛み合わず、スピードが落ちる。ゆっくりとしかバトンは渡らない。
「何やってるんだ! スピード緩めたらいけないだろ」
走者を止めた。
生徒はふてくされた顔で、
「すいません」
ただ一言。
もうすぐ塾があるので帰っていいですかといい出す生徒までいる。
なにかチグハグさを感じた。今日はここまでと言って、解散させた。

家に帰っても、リレーの事が頭から離れない。
「やりました!!」
アナウンサーの息の上がった実況が、大音量で聞こえてきた。テレビの方に顔を向けた。
テレビに映っていたのはラグビーの試合だった。ルールなど知らない。特に興味持ったこともない。
白と赤のラグビージャージを来た日本代表選手たちが必死で走り、仲間にパスをつなぐ。全身緑のユニフォームを着た相手選手と肉体同士がぶつかった鈍い音が何度もする。ゴールを目指して敵陣に向かっていく選手たちと、全力で阻止しようとする選手たち。
そのパス回しは鮭の遡上のようだと思った。
鮭が産卵のために川を上る――遡上。激流を必死に遡り、生まれた場所を目指す生命のドラマ。多くの鮭は目的地に辿りつけず、命を落としてしまう。それでも鮭は子孫を残すために激流に立ち向かう。
ラガーマンたちの攻防は、この鮭の遡上のように、攻守ともに全身全霊を、命を懸けたぶつかり合いを展開している。
試合時間はあと5分を切っていた。早く終われと心の中で叫んだ。ようやく試合終了の笛がなった。手の中は湿っていた。こんなに心が熱く昂ったのはいつぶりだろう。
生徒に対しても、この試合の様に真っ向勝負でぶち当たっていかなければ。相手を理解できない。いや、理解してもらえないと思った。

放課後、リレー練習が始まった。
「今日から本格的に学級対抗リレーの練習をするぞ」
生徒たちにそう語りかけた。
そして一呼吸置いて、
「今までみんなに任せっきりで本当に悪かった」と詫びた。
「先生も反省することがあるんだね」
ある生徒が明るく声を上げた。クラス全員が笑った。
翌日から運動会に向けた朝練を始めた。もちろん誰よりも早く学校に行き準備をした。生徒たちも、徐々に本気を出して練習に取り組むようになった。バトンパスがスムーズになってきている。

運動会まで、あと一週間、男子も女子も必死でバトンを持って、一点を見つめて走っている。いけると思った。クラスの繋がりが線になってきている。できない生徒と決めつけていたのは、自分のほうだった。このクラスはやっと“チーム”になれたような気がした。
運動会当日の朝、学校に向かう道の途中で空を見上げた。真っ青な絨毯。その一点にある光の球が、頑張れと言っているかのように輝きをましていた。

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