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井上毅郎評 ソーミャ・ロイ『デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語』(山田美明訳 柏書房)

評者◆井上毅郎
想像を絶する身近な世界――この世界の縮図とも言えるごみ山にまつわる様々な出来事が見えてくる
デオナール アジア最大最古のごみ山――くず拾いたちの愛と哀しみの物語
ソーミャ・ロイ 著、山田美明 訳
柏書房
No.3615 ・ 2023年11月18日

■ごみ山と聞いてどのような風景を思い描くだろうか。私たちの生活においてごみとの関わりはごみを生み出し、回収してもらうところまでで、その先の工程に関わることのない人が多いだろう。
 インドで人口第二位を誇る都市ムンバイ。その営みによって生み出される膨大な量のごみの行き先も同様に、多くの市民の知るところではない。本書の著者ソーミャ・ロイは、自身が運営するマイクロファイナンス事業を通して知ることとなったアジア最大最古のごみ山と言われる「デオナール」とその住人たちの姿を描く。
 規模を分かりやすくするために物語の舞台であるムンバイと東京を比べてみよう。人口はムンバイ都市圏が2070万人(2021年、インドの人口の約1.5%)、東京都市圏が3734万人(2021年、日本の人口の約32%)。年間のごみの量はインド全体で6200万トン、日本全体で年間4100万トン。人口比率で各都市圏のごみの量を推計するとムンバイ都市圏が約91万トン、東京都市圏が約1300万トン。ムンバイは東京の7%となりあまり多くないようにも感じられるが、発生したごみの扱いが両者で大きく異なる。
 インドのごみ6200万トンのうち回収されるものが4300万トン、そのうち1200万トン(19.4%)が中間処理され、残りの3100万トン(50%)は直接埋め立て地に廃棄される。ムンバイ都市圏では46万トンのごみが直接埋め立てられる計算になる。一方、東京では1996年から1997年にかけて全てのごみに対する中間処理(焼却、破砕)が可能となった。そのため、埋め立て地に送られるごみの量は大きく減っていると思われる。
 デオナールには1990年代後半の時点で1300万トンものごみが蓄積されており、すでに許容範囲を超えて拡大している。にもかかわらず、新しいごみが運び込まれ続けている。東京もこれまで膨大な量のごみを出し続け、いくつものごみ処分場を作ってはいっぱいにしてきた。現在稼働中の処分場は2か所あり、それぞれ今後50年程度、50年超利用できると見込まれているが、今後新設はできない状況となっている。
 デオナールの驚くべき点は、そのような埋め立て地の周囲に人々が住み着き、ごみを拾って分別し、お金になるごみを売って生計を立てているということだ。付近には店が立ち並び、小さな経済を生んでいる。彼らは街のごみを分別して再利用する仕組みに貢献しているとも言える。
 しかし、そのような生活が簡単なものではないことが、著者の言葉を通して伝わってくる。直接埋め立てられるごみは絶えず異臭を放ち、それが身体に染み付く。ごみからはメタンガスや一酸化炭素などの有毒ガスや火災が発生する(東京の埋め立て地でも中間処理できずに廃棄されたごみからは現在もメタンガスが湧き続けていて、火災が起きないように管を差してガスを逃がしている)。そのためくず拾いたちの多くは呼吸器に疾患を抱えている。ごみの中には当然鋭利なものも含まれているため、くず拾いたちの手足は傷だらけである。高温のごみの上を歩くこともあり、足を火傷する。また、くず拾いはごみを運んでくるトラックや地ならしをするブルドーザーの間近で行うこともある。ブルドーザーにひかれたり、ごみが崩れて生き埋めになったりする人もいる。
 そのような過酷な環境にもかかわらずくず拾いの収入は少なく、ほとんどの子供は学校に通えない。著者の運営するマイクロファイナンス法人から借りたお金で別の仕事を始める人も、馴染めずにまたごみ山に戻ってくる。ごみ山の魔力とでも言うべき力によって人々はそこに住み続ける。
 本書は、ごみ山で生まれて以来ごみを追いかけることに夢中になっている少女ファルザーナーに焦点を当てる。デオナールへのごみの投棄は違法とされているにもかかわらずなぜ絶えずごみを積んだトラックがやってくるのか、ごみ山の火災がムンバイ市民にどのような影響を与え、くず拾いたちの生活をどう変えていくのか、くず拾いたちはなぜごみ山から離れられないのか、ごみ山になぜギャングが生まれるのか、当局はこれらの問題やくず拾いたちにどのように対処するのか。この世界の縮図とも言えるごみ山にまつわる様々な出来事がファルザーナーを通して見えてくる。
(デジタルエンタテインメント企業PM/翻訳者)

「図書新聞」No.3615・ 2023年11月18日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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