入れ歯の洗浄頻度は肺炎発症と関係する

「食べ物のカスが幾重にも積み重なり悪臭を放っている。一部には灰白色の石のような物質がこびりつき、その重層なる様はまるで、悠久の時を刻む鍾乳石を思わせる…」

真実は小説より奇なり、と言ったところでしょうか、
普段の診療現場で、身の毛もよだつ義歯(入れ歯)を見たことがない歯科医療関係者はもちろん、介護関係者、病院関係者は少ないでしょう…


ああ、うあ、やめようやめよう


さて、今日はNHKでも取り上げられた「入れ歯を毎日洗浄しない一般高齢者には肺炎が多かった」という東北大学の論文を紹介いたします

リンクを踏んで、NHKの記事を見るとこう書かれていました

過去1年間に肺炎を発症した人の割合は、
▼入れ歯を毎日手入れしている人が2.3%だったのに対し、
▼毎日手入れしない人は3.0%と1.3倍になっていました。

さらに75歳以上に限ると、
▼毎日手入れする人では2.9%でしたが、
▼毎日手入れしない人は4.3%で、ほかの要素も加えて分析すると肺炎のリスクは1.58倍になったということです。

肺炎の「リスク」が1.58倍…

写真のグラフの縦軸は オッズ比 ですね

オッズ比を出している、ということは、リスク、すなわち「病気になる確率」は評価できないはずです(原則)

うーん、もしかして誤報!?


記事は研究を指導した相田先生のコメントで締められています

相田准教授は「毎日入れ歯を手入れすることで肺炎になるリスクを減らせることが示唆されたので、特に75歳以上の高齢者は、入れ歯を毎晩外して手入れしてほしい」と話しています

あー、なるほどね、よく分かりました

(この文章でピンと来ない場合、最後まで読む価値ありです!)

さて、論文を見てみましょう!


Infrequent denture cleaning increased the risk of pneumonia among community-dwelling older adults.
A population-based cross-sectional study.

Sci Rep. 2019 Sep 24;9(1):13734. doi: 10.1038/s41598-019-50129-9.

Scientific Reportsか… すげーな

IF 4くらいあるんじゃなかったかな(うらやましい)


【Introduction】

・誤嚥は、高齢者の肺炎の原因のひとつである

・口腔内細菌は肺炎患者の肺から検出される
 過去の研究でも口腔内細菌の誤嚥と、肺炎の強い関係が示唆されている

・誤嚥性肺炎発症の危険性を減らすために、口腔ケアが介護施設で応用されており、介護施設での肺炎を減らすことに成功している

これまでの研究では、介護施設での口腔ケアの価値は認められているようです

・口腔ケアが肺炎の危険性を減らす役割をしていることは認められているが、義歯の清掃に関しては比較的無視されてきた(放っておかれてきた)

・義歯の表面では、清掃後に口腔内に装着してすぐに、“デンチャープラーク”と呼ばれる、微生物から構成されるバイオフィルムが形成される

・義歯の清掃は口腔ケアの一部とされながら、過去の研究では対象となっていなかった

自分たちの研究は、「義歯の清掃」をターゲットにしていることが、これまでの研究とは違うんですよ、と主張しています

(研究では”新規性”が重視されますからね)

・過去に行われた、口腔衛生状態と誤嚥性肺炎の関係を調査した研究のほとんどが、介護施設や病院で行われている

・公衆衛生の点からすると、大多数の高齢者は地域社会で生活しているため、地域社会に住む高齢者の誤嚥性肺炎の予防が大切である

介護施設や病院ではなく、地域社会で、という点も新規性あり、とアピールしています

ではなぜこれまで、地域社会では研究が行われて来なかったのでしょうか?

(地域密着歯科医院なら、出来たのかもしれませんね…)

・本研究では、地域社会に住む高齢者の肺炎の発症が、義歯の清掃頻度と関係しているのかいないのか、調査を行った

なるほど、高齢者のうち大多数を占める、地域社会で生活する比較的元気な高齢者でも、義歯の洗浄頻度を上げれば肺炎を予防できるかもしれない、という結果が出れば、素晴らしい研究となりそうです!

ただ問題は、使えるデータベースがあるのか、という点です

レセプトではどうにもならないでしょうし…


【Methods】

Setting and participants

・この横断研究は、2016年に行われた日本老年学的研究(JAGES)から得られたデータを用いて行われた

・JAGESの対象患者は、65歳以上で要介護認定がされておらず、施設入居や入院などしていない地域住民である

あら、そんなデータベースがあるんですか!?

これから必要なデータを抽出して研究した、もしくはこの研究デザインをあらかじめ設計した上で、アンケート調査項目を設定したのでしょう

いずれにしても、いいプランです


dependent variable

・従属変数として、過去1年間に肺炎にかかったかどうか、と言う回答を用いた

肺炎にかかった、ではなく、肺炎にかかったと回答した、というところ、ポイントです

肺炎にかかり死亡した人、そのまま家に帰れずに施設に入居した人は含まれていないからです

independent variable

・独立変数として、義歯の清掃をしているか否か、と言う回答を用いた

義歯の清掃をしているかどうか、であり、義歯の清掃度、どれくらい綺麗なのか、は評価していません

アンケート調査なのでここが限界なのでしょうね

covariates

・年齢、性別、喫煙歴、教育歴、収入、残存歯数、ADL、脳卒中の合併症、認知症、肺炎球菌ワクチンの5年以内の接種経験を共変量として用いた

結果に影響を与えうる因子ですね

横断研究では、これらの要因の影響を排除するような統計処理が必要です

その方法が、みなさん読まないところに書いてあるんですよね、実は笑

statistical analysis

・独立変数を傾向スコアマッチング法(propensity score method)を用いて処理した

 本来異なる背景を持つであろう2つの集団の背景を、独立変数をスコアリングして同一化する方法です(詳細はこの後)

・肺炎発症の危険性に与える影響をIPW法(IPTW法?)を用いて重み付けした

・義歯を洗浄する/しないの傾向スコアを予測するために、線形ロジスティックモデルを用いて、IPW法で重み付けした共変数を用いてオッズ比と95%信頼区間を計算した

・傾向スコアマッチング法よりもIPW法は、患者背景の調整度が正確
・傾向スコアマッチング法では標本数が少ない方(本研究では義歯を毎日洗浄しない群)に合わせてマッチングが行われてしまうため、本来あるはずの差が検出されない可能性が出てしまう

・ランダム化比較試験(RCT)などで行われる割付けは、試験群とコントロール群の患者背景を均一化できるが、実際の臨床現場のデータをもとに行われる横断研究などでは、均一化されることはあり得ない
→本研究で言えば、「入れ歯を毎日洗浄する」と「毎日は洗浄しない」の2群に分けていますが、それぞれの群の背景、例えば年齢や性別、残存歯数、ADLなどの、肺炎発症に影響を与えそうな因子が、2群の間で均一化することは理論上ありえない、と言うことです


・そこでそれぞれの群の患者背景を均一化するために、傾向スコアマッチング法とIPW法を用いた、と言うことです(詳細は専門書をどうぞ)

・マッチングにより、横断研究の結果を、RCTの結果と同等と判断することができるようになるので、横断研究から因果関係が推測することができるようになる

→ ここです!大事なのはここです!
 横断研究などの後ろ向き研究では、通常「相関関係」は説明できても、「因果関係」は説明できません!

あくまで横断研究で示すことができるのは「肺炎になった人を調べたところ、入れ歯を洗浄しない人が多かった」と言うことが分かるだけです

「入れ歯を洗浄しないと(原因)、肺炎になりやすい(結果)」は示すことができないのです

ここをよく分かっていないと、ホントに騙されます


マッチングだけでは足りないので、もうちょっと統計処理が必要です

・欠損データに対しては、連鎖方程式による多重代入法(MICE)を用いてデータを補完した

因果推論(後ろ向き研究から因果関係を推測する方法)には、potential outcome(潜在的な結果)が分からないといけません

RCTでは、治療群とプラセボ群など、これから治療をする患者を2群に分けてデータを見ることができます

しかし後ろ向き研究では、それ(割り付け)ができません

もし割り付けをしようと思ったら、タイムマシーンに乗って過去に戻り、患者を2群に分けなければなりません

本研究で言えば、毎日入れ歯を洗浄しない群と毎日洗浄する群を、後ろ向きに観察しています。

そのため、毎日入れ歯を洗浄しない群が、もし毎日洗浄したらどうなるか(潜在的なアウトカム)、と言うデータを入手することができません

逆に毎日洗浄する群が、もし毎日洗浄しなかったらどうなるか、と言うデータも手に入りません

この、「本来入手することができないはずのデータを入手する方法」が因果推論のキモなのです

そしてその方法こそが、MICEです

・multiple imputation by chained equation  連鎖方程式による多重代入法:
不完全データを用いた統計分析が、完全なデータによる統計分析と同様に統計的に妥当となる欠損値対処法

① 傾向スコアマッチングとIPW法で2群を均一化
② MICEで欠損データを埋めて(タイムマシーンで過去に戻って割り付けするように)
観察研究なのに、擬似的にRCTができるようになりました

ただし、研究結果は オッズ比 で示します

・75歳未満と75歳以上で分類して分析した
・年齢と義歯の清掃頻度をRERIを用いて分析した

また新しいのが出てきましたね

RERI: relative excess risk due to interaction
→ 2つの因子の組み合わせの相互作用が結果にどれだけ影響を与えるか調べる方法

RERI=(AかつBのオッズ比)- { (Aのオッズ比)+(Bのオッズ比)- 1 }
これにZ検定を行う
帰無仮説をRERI=0とし、P<0.05で棄却
棄却されれば、AかつBのオッズ比(多変量調整オッズ比)はAのみのオッズ比とBのみのオッズ比を加えたものより大きい、と判断する

ちなみに RERI% = { RERI/(AかつBのオッズ比)-1 } × 100
→その影響が、リスク増加にどれだけ寄与しているかを表す

分析にはStataを用いた

統計処理ソフトの一種ですね


【Results】

・研究参加人数は180,021人
・そのうち義歯(総義歯・部分床義歯)をしていたのは88,994人(49.4%)
・17,767人は従属変数が欠損していたため除外した
・71,227人が調査対象となった
・年齢の中央値は75.2歳(SD=6.5)
・48.3%が男性
・全体では2.3%が過去1年で肺炎にかかっていた

Table 1.

・義歯を毎日洗浄している 94.4%、毎日洗浄はしていない 4.6%、回答なし 1.0%
・非喫煙者 54.8%、過去喫煙者 31.4%、喫煙者 12.3%、回答なし 1.5%
・認知症 はい 0.7%、いいえ 96.1%、回答なし 3.2%
・脳卒中 はい 3.1%、いいえ 93.7%、回答なし 3.2%
・20本以上歯がある 26.8%
・肺炎球菌ワクチンの接種を過去5年以内でしている はい 42.4%

Table 2.

・統計処理前の粗データ

Table 3.

・毎日義歯を清掃する群と比較して、清掃しない群では、1.3倍肺炎にかかっていた(OR=1.3, 95% CI 1.01-1.68)

・65〜74歳に限ると、毎日義歯を清掃する群と比較して、清掃しない群では、肺炎の発症に統計学的な差はなかった(OR=0.98, 95% CI 0.64-1.50)

・75歳以上では、毎日義歯を清掃する群と比較して、清掃しない群では、1.58倍肺炎にかかっていた(OR=1.58, 95% CI 1.15-2.17)

75歳以上でのみ、義歯の洗浄頻度と肺炎の間に関係がありました

65〜74歳では、義歯の洗浄頻度と肺炎の間に関係はありませんでした


東北大学のプレスリリースのグラフでも、確かに、そう書いています

グラフは3つ、一番左は「毎日義歯を洗う人」、真ん中は「毎日義歯を洗わない人全員」、一番右は「毎日義歯を洗わない人のうち、75歳以上の人」のグラフです

「毎日義歯を洗わない人のうち、65〜74歳の人」のグラフがありません

(ちょっとアンフェアな気もしますね…)


【Discussion】

・本研究の結果は、地域社会にいる高齢者の肺炎と義歯清掃頻度との関係を示唆している
・公衆衛生の観点から、世界中で高齢化が進んでいる現代社会において重要な研究結果である

そう、「関係が示唆された」がやっぱり正しい表現ですよね

・本研究で、75歳以上の高齢者には、肺炎と義歯の清掃頻度との強い関係が示唆された

75歳以上では、強い関係があります

65〜74歳では、関係がありませんでした

ここでも、関係がある、という表現にとどめています

そして、横断研究であるための限界についても述べています(お約束ですね)

Limitation

・横断研究であるため、肺炎と義歯の清掃頻度との因果関係は示すことはできない
・しかし、肺炎の発症によって義歯の清掃頻度が下がるとは考えにくい

因果関係は示せないが、肺炎→義歯は考えにくいから、義歯→肺炎と考えられる、つまり因果関係を”示唆”している、と言っています

・肺炎にかかったかどうか、という調査がアンケートに依存している点もバイアスがある
・しかし肺炎の発症率は過去の報告と同等であった
・従って、アンケートによる申告よるバイアスは比較的小さいと考えられる

バイアスが大きい、と判断されると研究の価値が下がっちゃいますからね

このように一つひとつ、潰していき、自説を補強していきます

・義歯の洗浄についてもバイアスがある
・義歯の洗浄方法には様々あり、本研究ではその詳細には触れていない
・しかし、そのバイアスがあったとしても、95%信頼区間を広げる方向に働くバイアスであるはずだ
・それにも関わらず有意差が出たのだから、本研究の結果には堅牢さがあると言える

なるほど、義歯の洗浄方法によるバイアスがあることを認めておきながら、そのバイアスは本研究の結果の精度を下げる方向に働いているはずで、そんな不利な条件のもとでも差が出たんだから、文句ねーだろっ、と言っています

確かに!

・さらに、肺炎による死亡、は本研究でカウントしていない
・このバイアスは、本研究の結果を過小評価する方向に働く

つまり、本当は肺炎にかかった、と回答する人はもっと多いはずだ、と言いたいようである

肺炎にかかった人が多ければ、もっと差が出ていたはずだ、だから(あとは前段と同じ理屈)

・過去の研究では、義歯を装着したまま就寝することと、肺炎との関連が指摘されている
・義歯の洗浄とマルチコ現象を起こす可能性があったため分析に取り入れていない
・別途調査をしたが、義歯を装着したまま就寝することと、義歯の清掃頻度との間に傾向は認められなかったため、結果に影響は与えないと予想される(ようするに、義歯を装着したまま就寝することが交絡因子ではなかった、と言いたい)

マルチコ現象(多重共線性)とは、重回帰分析やロジスティック回帰分析などの多変量解析を行った時、互いに関連性の強い独立変数が存在すると、解析における計算が不安定になり、回帰分析の結果やオッズ比が異常な値を取るようになる現象のことを言います

このように、限界はありつつも、因果推論によって、横断研究でありながら、あらゆる変数の影響を均一化、本来得られないデータもタイムマシーンに乗ってゲットして(比喩)得られたオッズ比は、リスク比と同等と言えます

なので、「入れ歯を毎日洗浄しない75歳以上の高齢者は、入れ歯を毎日洗浄する75歳以上の高齢者と比べて、肺炎になるリスクが1.58倍である」と言っても、理論上は差し支えない、ということになります


さて、NHKの記事に戻ります

過去1年間に肺炎を発症した人の割合は、
▼入れ歯を毎日手入れしている人が2.3%だったのに対し、
▼毎日手入れしない人は3.0%と1.3倍になっていました。

さらに75歳以上に限ると、
▼毎日手入れする人では2.9%でしたが、
▼毎日手入れしない人は4.3%で、ほかの要素も加えて分析すると肺炎のリスクは1.58倍になったということです。

最後の、「毎日手入れしない人で、(中略)肺炎の”リスク”は1.58倍になった」

因果推論で、確かにそう言えなくはないが、そう言い切っていいものでしょうか?


研究を主導した相田准教授のコメントをもう一度、見てみましょう

相田准教授は「毎日入れ歯を手入れすることで肺炎になるリスクを減らせることが示唆されたので、特に75歳以上の高齢者は、入れ歯を毎晩外して手入れしてほしい」と話しています

”示唆された”と、あくまで控えめにおっしゃっていますね

また、「75歳以上の」と、抑えた表現です

その意味で、NHKの記事は、決して誤報とは言えないけど、正直、もやもやするものであったことは否めません

歯科診療の現場にいる我々も、しっかり論文を読み、どこまでが事実で、どこからがまだ決まっていないのか、見極めた上で、患者さんに説明したいものです


ありがとうございました!

スキ、コメントお願いしま〜す^^

しかし写真の雛人形? 不気味だわ…

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