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星降るまち空のふもと2080:前日譚考

 世界は「貨幣価値」で担保されている。それは、黄金や石油、核兵器や軍事力といった物理的な存在で保証されるのではなく、「金融データがネットワークを飛び交い、移動し続けること」で支えられている。それはまるで止まると息ができずに死んでしまう「決して眠らない魚が見ている夢」のようだ。死という眠りが訪れる最期の平穏に至って、魚は夢から醒める。ずっと追い求めてきた「価値」は幻想に過ぎず、「追い求めること」こそが命だったのだ。世界は「貨幣価値」と言う夢を見ていた。その夢から醒めた世界で、主人公たちは、どんな生き方を選ぶのだろうか。

 「貨幣価値の蒸発」が発生した後となっては、その理由や経緯を紐解くことは難しい。経済は消滅し、国家や交易も失われ、石油や電力もほどなく途切れていく。SNSでは、この事態に「#クワンの夢」「#夢からの覚醒」というタグがついていた。対立する超大国のサイバー戦の結果だとか、天才ハッカーが自分のアイデアを誇示するためにやったのだとか諸説、流布されていたが、間を置くことなくスマホも沈黙した。

 そのコンピュータウイルスは自己増殖し、SNSを経由して世界中のスマホに感染した。スマホのテザリングの中継機能をのっとり、サイバー戦を警戒した管理者が、バックドアからネットワーク機器に接続した瞬間、その中継機器に侵入し潜伏する。萌芽の時が来れば、それは、ネットワークに流れる貨幣取引を識別、吸収して破棄するハニーポットを発症する。同時多発的に世界中のノードに発現したポットは、疑似取引により、世界中の「貨幣価値」を吸い込み記録を残さない。為替や先物取引、証券、債権市場は数日で消滅した。ウイルスが獲得したのは、自己増殖と競合排除の2つの生存本能。生存空間であるネットワークに充満する貨幣流通が、ウイルスには天敵に映ったのかもしれない。もしくは「貨幣交換」の無尽蔵の膨張に対して、自然のニュートラライズが発動したのかもしれない。
 これは、クワンの夢からの覚醒に遭遇した人々には知る由もない、作為なきウイルスの物語。

 うーん。ネットワーク環境に棲息し、自己増色と自然変異と淘汰をくり返す人工生命としてのコンピュータ・ウイルスってのはファンタジーかなぁ。『風の谷のナウシカ』における旧人類の傲慢さへの怒りじゃないけど、「物語世界の設定」の発祥の根元こそが、その物語の核心だとすると、貨幣価値が蒸発した世界の発祥は、超大国のサイバー戦や天才ハッカーの奢りだと物足りない。
 それにしても、佐藤史生の『ワン・ゼロ』って本当によく描けてる。
 まだまだ試行錯誤中。(2020年10月6日)

星降るまち空のふもと2080:練習版(旅立ちの8頁)→こちら 


 

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