長男の嫁

とある田舎の農家&自営業の夫へ嫁に来て◯十年!隣には姑、近くには小姑がいる生活…

長男の嫁

とある田舎の農家&自営業の夫へ嫁に来て◯十年!隣には姑、近くには小姑がいる生活の中、過去をふりかえって記録に残そうと思い立ちました。田舎の長男の嫁の日常に興味のある方、ぜひ読んで下さいね☺️

マガジン

  • 嫁VS姑&小姑100年戦争No.25~53

    田舎の長男の嫁の日常を結婚時より紐解くシリーズ25~53

  • 嫁VS姑&小姑100年戦争①~No.53

    田舎の長男の嫁の日常を結婚時から紐解くシリーズまとめ

  • 間違って消した記事⑤⑥⑱復活

    田舎の長男の嫁の日常を結婚時より紐解くシリーズ⑤⑥⑱~マガジンの整理をしていて間違って消してしまったので復元。⑤はスキを3人の方からもらっており、⑱もスキをもらっていて、助かりました。問題は⑥が元記事になっているか疑問ではあるが下書きメモから復元しました。

  • 田舎の長男の嫁の撮った写真

    田舎の長男の嫁の旅行や料理の写真など

  • 嫁VS姑&小姑100年戦争③④

    田舎の長男の嫁の日常を結婚時から紐解くシリーズ③④他

最近の記事

嫁VS姑&小姑100年戦争No.53

本編50~姪っ子の義理のご両親は両方とも学校の先生だった。お金もあるし、暇もある。 学校の先生だった位だから、人格的にも立派なはずだ。うちの姑のように、花火に行って、前後にたくさん人がいるのに、我慢できんと言って、その場でおしっこをするなんてことはないだろう。 要するに人格の問題なのだ。うちの姑こそ、あり得ん問題姑なのだ。 それを◯◯(小姑の娘)は嫁ぎ先に気に入られたからよくしてもらっているという言い方はどうなのか。血圧が上がった。 同じ町内の姑の姉は私の友達の母で、その

    • 嫁VS姑&小姑100年戦争No.52

      本編49~私も姑があんまりやりたい放題してくれるので、姑として立ててばかりはおれず、「あんたはいつ行ってもおらん。」の返しとして、「私程、家におる嫁はどこを探してもおらんと思いますけど。」と答えた。 それにしても夫はこのやりたい放題のストーカー姑に何も注意をしてくれない。だからこそ、言葉は悪いが付け上がるのだ。夫が一言、「いい加減にせんと、わしもお母さんの面倒は見んど!ここから出ていくど。」とか言ってくれればよいのに、夫には優しいのだから、痛い目にあってない夫はわからないの

      • 嫁VS姑&小姑100年戦争No.51

        本編48~自営業で、姑の監視もきついので、自由になかなか出られず、段々と私は太っていった。 留守番電話がある頃には、私達が出かけると留守番に電話がかかっており、留守番録音を知らない姑が、「また、こんなら(私達のこと)、食べに行ってからに。」と録音されていた。 「留守番電話にお義母さんの声が入っていたけど、何でした?」といちいち反応せずに一年位、そのままにしていたら、姑の様々な文句の声が録音された。 朝から晩まで家に居て仕事をしているのに、何故外出したらいけないのか? また

        • 嫁VS姑&小姑100年戦争No.50

          本編47~自営業で長く休めない私は1週間で仕事に復帰するため、腰椎椎間板ヘルニアの最先端手術をした。それで義弟に、「昔、あれだけ世話をしたんだから、2、3日の入院といっても本来なら3ケ月かかるんだから、見舞い位ちょうだいよ。」と話のついでに言ったのだが、何と、弟は何も覚えてないと言い、見舞いはくれなかった。呆れた。酒飲みの相手をする程バカらしい事はない。 私の大切な人生時間を返せ~と叫びたかった。 なぜ私がわざわざそう言ったか。それは義妹である小姑も見舞いをくれなかったから

        嫁VS姑&小姑100年戦争No.53

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        • 嫁VS姑&小姑100年戦争No.25~53
          29本
        • 嫁VS姑&小姑100年戦争①~No.53
          50本
        • 間違って消した記事⑤⑥⑱復活
          3本
        • 田舎の長男の嫁の撮った写真
          16本
        • 嫁VS姑&小姑100年戦争③④
          2本
        • 嫁VS姑&小姑100年戦争⑤~⑧
          4本

        記事

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.49

          本編46~前話の腹立たしさをやっと忘れかけた頃、義弟が再婚するという。義弟からの電話で、「この日に籍を入れたいのに、お母さん(姑)がその日は暦の上ではいけん日じゃ、この月なら、一番良い日は◯日じゃ。」と、話したという。 それ程、暦を気にする人間が、なぜ長男の結婚記念日をわざわざ仏滅にしたのか、また姑への怒りが再燃するのであった。 で、私は「うちらはお義母さんにわざわざ仏滅に結婚させられたけど、離婚もせずに仲良くしてるから、いつでもいいんじゃない?外国人には暦とかないし。」と

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.49

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.48

          本編45~うちの子供が小さい時には姑、大姑、大舅、小姑、もちろん、義弟も、小さい子に年玉なんて贅沢だと言って、小学5年位までくれなかった。そのくせ、自分たちの子供の時には赤ちゃんの時から、受け取っていた。 小姑から、「正月に、◯◯(私の実家)から子供にお年玉もろーたん?」と聞かれ、私「もろーたよ。」と言うと、「贅沢なね。」だと。どちらが贅沢しとるんか。訳のわからん話だ。それでも時が来たら、もらってなくてもあげないというわけにはいかず、小姑や義弟には、赤ちゃんの誕生祝いに始まり

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.48

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.47

          本編44~私達の子供のことも、育ててないのに近所へ、さも世話をしていたような話をしていた。「◯◯(長男)は小さい時、よう風邪を引いて学校を休んどった。ご飯もちょっとしか食べゃーへんかった。よう、あれ位に(大きく)なったんよ~。」(間違った話) 正しくは6年間で3日位しか休んでない。しかも従業員が捕ってきて、うちで焼いた半生のウナギに当たって3日休んだのだ。風邪で休んだことはまずない。 とにかく知らないのに、話を作ってまで人に話すのはやめてほしい。チャンスがあれば、すぐに嫁

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.47

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.46

          本編43~姑は、まだ大姑が生きていた50代の頃、よく旅行に行っていた。日本全国はもとより、ヨーロッパ、ニュージーランド、中国、エジプト、カンボジアなど、 数えきれない。日本の旅行でさえ、場所によっては一週間位、長く行っていた。 その間、こちらは大姑がいるので、年寄りを残して旅行にも行けないし、日帰りで遊びにも行けなかった。 業会のヨーロッパ旅行、淡路島等法人会の国内旅行や組内の旅行は全部、姑が行くというので、行かせてあげた。業会費は自営の会社から出しても自己負担金というもの

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.46

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.45

          本編42~姑には、虚言癖もあった。そして、自分でウソをついているうちに、それが姑の中で事実になっていくという、そらおそろしいものだった。 いくら嫁の私が頑張って働いても、尽くしても自分の好きなように歴史を塗り替えてしまうのだ。 大姑が大病の手術の後、お腹で溶けるはずだった糸が出てきて、消毒に1週間、私が病院へ連れて通ったことがあった。 その中のたった一日、雨で姑が現場を休んでいたので、私は支払日で忙しいからと、代わりに連れて行ってもらったことがあったが、これが驚いたことに、

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.45

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.44

          本編41~姑の言動を長年見ていると、気に入らない嫁は早く帰して、次の嫁をもらえばいいというように見える。 実際、近辺でも、嫁姑関係で精神的に病んで帰された嫁がいる。近所の別の嫁さんも姑小姑でうつになったと泣いた。私は「しっかりしんさい!姑小姑のせいで、何で病気にならんといけんのか!そんな姑は追い出せばいいわ!」と背中を押した。そしたらホントに姑を追い出し、小姑の家に住まわせた。近所からは、年寄りを追い出したひどい嫁だとさんざん悪口を言われた嫁さんだが、私はよく頑張ったと思う

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.44

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.43

          本編40~つまり、お腹をこわさせて入院させたら、アレルギー体質の者は、注射等で亡くなることがあるというのを狙ったといえる。しかも、気味の悪いことに、狙ったことをなにげに告白したのだ。 5000円コース料理の最中に話すことか。 5400円返せ~という気にもなるが、姑にしてみれば、嫁におごってもらったわけじゃない、息子におごってもらったのだという気持ちなのだろう。 このせいだけではないが、他にも決定的なことがあり、それ以後はあまり食事に連れていかなくなった。食事どころか私は距

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.43

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.42

          本編39~姑のそら恐ろしさ続編~私はアレルギー体質で、飲めない薬がたくさんある。でも食べ物では出たことがなかったので気付いてなかったが、今から思えば◯を続けて食べた時にお腹をよく壊していた。 大姑が生きていた頃はドクダミやゲンノショウコを干したものをもらい煎じて飲んでいた。 大姑が亡くなった後、築山にたくさんあったドクダミを少しもらって、うちの敷地に植えておこうと姑にお願いしていた。 ある日、築山のドクダミが全部引き抜かれていたので、わあ、干してくれるんだあと喜んでいたが

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.42

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.41

          本編38~姑のそら恐ろしい所は他にもあった。今は作ってもらっている田んぼだが、私は嫁いで22年に渡り、米作りを手伝っていた。 春の育苗箱への土入れ、籾まき、苗出し、代掻き、田植え、稲刈りを担当しており、代掻きは夫がエンジンをかけてくれて、スタート。夫が粗起こしをして、水を張ってなるめた広い田んぼの仕上げで、後ろに横板を付けた乗用トラクターで田をゆっくり回ればよかった。済んだらエンジンを切ってトラクターから降りるよう夫から言われていた。 ある時、夫の居ない時に姑が寄って来て、

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.41

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.40

          本編37~境杭の件で、姑が迷惑をかけた近所のボケかかったおじいさんは、その3年後の正月に、家から100メートル出た辺りの溝でなくなった。 同じ近所の一人暮らしのおばあさんの話では、前夜、そのおじいさんが訪ねて来てピンポンを鳴らしたけど、怖くて出なかったとのことだった。何時頃かは聞いてなかったが、その後、自宅への帰り道で溝にはまったおじいさんは動けなくなり、冬の寒さで亡くなったのだ。 ここからは想像だが、うちの姑が関わってないかなと一瞬、不安に思った。とにかく夜中でも、一晩で

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.40

          嫁VS小姑100年戦争No.39

          本編36~私は夫に、「お母さんに聞いてみて、静かにやってないと答えたら、悪いけど絶対やってるから、現地を調べた方がいいよ。」と言った。もし姑がやっていなかったら、烈火のごとく怒るはずだ。 案の定、静かにやってないと答えたので、夫は翌早朝、薄明るくなってすぐ現地を調べた。すると、夜中のうちに、境杭は元へ戻されていた。しかし、境の山に杭を抜いた穴が裾からてっぺんまで残されており、そこに姑が葉をかぶせていたが、「言い逃れは出来ない、見たらわかる。」と夫は言った。夫も実の母のこの行

          嫁VS小姑100年戦争No.39

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.38

          本編35~その頃(家を建てて17年経った頃)、いつもうちの庭に来る姑を阻止するため、婚家からつづく西側入口に扉を付け、夜は鍵を閉めていた。 なので姑は以前のように、夜も好き放題、来るということは出来なかった。しかし、たまたまだが、決算で夜中の3時に起きた私は、婚家から姑の車が出るのを見かけた。びっくりした。どこへ行くんだろうとずっと目を凝らして見ていると、大通りへ出る手前で、車を停めライトを消した。つまり、大通りからうちの東側の門まで歩いて来たのだ。夜中にわざわざ起きてそこ

          嫁VS姑&小姑100年戦争No.38