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いっこく堂の腹話術の音響分析した論文

腹話術のいっこく堂ってすごいですよね。

いっこく堂は衛星中継とかのネタも面白いのですが,腹話術としてパ,バ,マ行もきれいに発音できる希有な人です。腹話術は口を動かさずに発音しますが,この3つはどうしても唇が動いてしまいます。どうやってこの調音をしているのかはかなり不思議ですが,それを本人に協力してもらって解析した研究がありました。

伊福部 達 (2000)「九官鳥, インコ, そして超腹話術 : その声の謎解き」『日本音響学会誌』56巻9 号

これは解説で,もとになった雑誌論文もあったのですが,アクセスのしやすさと実験に参加したいっこく堂の写真が載っていることからこちらを選んでいます。

ここでは発音と言うとき,口の動きを調音,空気中の響き方を音響,聞こえ方を聴覚と呼び分けます。当然調音の違いは音響の違いに反映されます。この研究では音響の違いに注目しました。音声は様々な高さ(周波数)の音が,様々な強さで組み合わせられてできています。どの高さが強くなるかは大まかには口の形で決まります。ということは,反対にどの高さの音がどれくらいの強さで出ているかを解析できれば,調音の違いもある程度分かります。これをフーリエ変換と呼びます。下の図だと黒と水色と緑の音が組み合わさり赤の音ができていることが分かると思います。

この研究ではいっこく堂の通常の発音と腹話術の発音の音響を比較しています。下の図の黒は通常の発音の「パ」,赤は腹話術の発音の「パ」,緑は通常の発音の「タ」の子音部分(つまり/p/と/t/)です(元は3つの異なる図だったものを私が加工して色を付けて重ねました)。

伊福部達(2000)図8を重ね合わせた

この図を見ると通常発音の/p/(黒)は100〜200Hzあたりが特に強くそこから急下降しています。それに対して通常発音の/t/(緑)は比較的緩やかですが,2000Hzあたりが強くなっています。このように通常の発音だと/p/と/t/の違いは強くなる音の高さにあり,/p/に比べ/t/では高い音が強くなっています。そして,問題の腹話術発音の/p/(赤)を見ると,緩やかに落ちつつ1500Hzあたりが強くなっています。つまりここからいっこく堂の腹話術の/p/は全体的に通常発音の/t/に近い発音をしていることが分かります。

ではなぜ/t/に近い発音が/p/に聞こえるのか。この論文だとはっきりと結論づけることはできないと述べています。ただし,別の論文にはこの音声を健聴者に聞かせたところ意図したのとは異なる知覚をされたものがあると報告しています。

伊福部 達 (2001)「物まね鳥と超腹話術:その声の謎を診る」『可視化情報学会誌』21 巻

単独で発音したときの認識率が低いのは言わば文脈効果が影響していそうです。例えば,「本を読みすぎて_が疲れた」の下線部に「メ」か「ネ」が入ると分かっているなら「目」だと考えて「メ」が入ることは明確です。この辺は予測変換のようなものだと考えれば分かりやすいでしょう。つまり,腹話術の場合は文脈がはっきりしている中で「近い音」を出すことでその音だと知覚させている面があるのではないでしょうか。つまり,聴覚からの説明も必要じゃないのかというのが私の推測です。

ちなみに現代だと調音の様子を直接安全に測る方法が出てきています。例えばEMAという機械を使うと,センサーを顔や口内,舌に張り付け,磁気を使い口の動きを細かく計測できるので,どうやって調音しているのかがかなり細かく分かります。

ちなみにEMAではなくX線マイクロビームという技術を使って腹話術師の調音を計測した論文もありました。

これはまた機を改めて読んでみます。

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