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【移住雑記329日目】晴れに向かう迷子たち


「右ですか?左ですか?」

「ここは、左!わかんないけど」

雨のキャンプ場から一旦引き返す車の中、僕は目的地までの道のりを知らず。同乗者の一言に合わせてウィンカーを出してゆっくり左折する。バックミラーで遠ざかっていく、選ばれなかった景色の先は雨でよく見えなかった。他のスタッフが運転する後続の車も、僕たちに付いて左折した。天井を打ち付ける雨音が少しだけ弱くなった気がした。

しばらく道を進むものの、見覚えのある風景はなかなか現れない。晴れ間に差し掛かりワイパーの速度を一段階下げたタイミングで、同乗者の携帯が鳴る。

「え?やっぱり右だった?」

電話の向こう側で笑い声が聞こえてくると、少し離れた後ろですでに後続車はUターンしている。あの三叉路は、右が正解だった。目的地に着いて車を降りると、別の車に乗っていたスタッフたちが笑いながら降りてくる。

「迷いなく晴れている空の方に向かっていったもんだから、めちゃくちゃ格好良くて笑っちゃったよ」

よりみち学舎なもんで、と同乗者。

北海道に来てから、あるいは北海道に来ると決めた時からか、「迷った時は、冗談みたいな選択肢をとってみる」というテーマを自分に課している。そもそも冬が大の苦手である自分にとって、冬の長い北海道に住むなんて正気の沙汰とは思えない選択をした。普段なら、普通なら、定石でいくなら、そんな選択肢をことごとく自分で裏切っていった先に出会うものや人たちは、常に自分の想定を超えてくる。先が分からないことにどうしても不安になることもあるけれど、できる限りそのわからなさ自体を楽しめる自分でいたい。

当たり前のようなことだけど、当たり前になったらどうしてか忘れてしまっていたりするものなので、念を押すように文字にして自分にまた言い聞かせる。

精一杯やればやるほど、自分がやっていることなんてなんの意味も結果も持たないような気がしてくることがある。それほど先の道のりがまだまだ果てしないのであれば、せめて後ろから誰かが見た時に、かっこいいとか面白いと思ってもらえる方が良い。冗談みたいな生き様で自分も周りも大きく笑っていられたら、それは多分素敵な感じでいいんじゃないか。




余談1「パステルとお化け」

最近というか昨日の夜、思い付きの勢いでAmazonで買ったパステル画材が届いた。そろそろ本格的に取り掛からねば非常にまずいことになりそうな自主制作の本があるのだけど、その挿絵を自分で描いてみたくなったのだ。本棚の隅にあったA4の画用紙に、雨の止んだ土曜日の風景を書いた。池の水の色は複雑で、青や水色だけでなく紫色や深緑にも見えるところがあることをはじめて知った。72色のパステルを一つずつ手に取って、色をゆっくり重ねていくと、ちょうどその複雑さが紙の上で立ちあがる瞬間がある。すこし斜めから見てみたり、遠くに置いて見てみたり。近くで見ているだけでは、見えないものもたくさんある。そんないちいちが新鮮で面白い。

大沼野営場
浜厚真


余談2「オレンジTシャツ恐怖症」

オレンジ色のTシャツを通販で買って、お気に入りのワイドデニムと合わせたらきっと素敵だと思っていた。そう思っていたのだ。いざ現物を手に取ってみてみると、想像の8倍はオレンジだった。なんでだろうか、オレンジ過ぎるオレンジ色には何かしらの強い信仰や政治的な主張すら感じる。明るい色の服を着るためには、それに見合った芯の強さも持たなければ”着せられている”ように見えてしまう、といつかの何かで見たけどあれは本当だった。形から入ることも時には大切と、アホなイベントのスタッフみたいなオレンジTシャツを着て外に出てしばらく、こっそりカバンから黒いシャツを出して着替える。齢30を目前に明るい色の服に恐怖感を抱き始めている。


余談3「ことばの蛇口」

関係を説明しがたいけれど、間違いなく僕にとって大切な人間のひとりから、悲しい報せが届いた。追い込まれたその人の、文面に並んだ短い言葉が冷たい刃物のように突き刺さる。しばらく意味もなく車でいろんな町を走り回って考えて、どんな声をかけたらいいかわからないことがわかった。ので結局「わかりません」と伝えた。言い訳でもなんでもなく、正直にわからないことを伝えてみるとその後の言葉が蛇口の水みたいに繋がって出てきた。「でも、あなたのことをいつも考えています」


余談4「弁当と財布、店長と僕」

おっと、持ち合わせが足りないぜ。そんなことが最近多いので、そろそろ家計簿的なものをつけたり、自分がいついくら持っているべきか考えたりしなければ。と、思っているだけなので結局しないのだろう。村上春樹的に言うと、やれやれだ、である。コンビニでお弁当とジュースを買ったある晩のこと、思っていた以上に財布の中身が少なくて驚いた。コード決済にすれば解決するけれど、そんなタイミングに限って携帯を家に置いてきた。わたわたと「これはやっぱり大丈夫ですすみません」とか言って情けない顔をしていると、「いつもありがとね」笑顔の店長。レジに表示された金額が少し減って、ここコンビニですよねそんなことしてくださるんですか申し訳ないですジュースくらい我慢しますいや本当に。とびっくりした話ですが、文字にしてみると店長さんの親切より僕のだらしなさが際立って見えるのでここでおしまい。



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