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夏が始まる【ショートショート】

「平凡な男」って、こういう人のこと言うんだろうな。

隣に立つ航(わたる)を見て由香はボーッと考える。

「コレ可愛いな~。って、由香、聞いてる?」

そう話しかけられて我に帰る。

「あっ、ううん、なんでもない。可愛いよね、このイヌのぬいぐるみ。」

航越しに、平凡な男について思いを馳せていたなんて言えない。

「え?クマだろ、コレ??」

「ウソでしょ、よく見せてよ。」


今日は、大学のゼミのみんなで集まって、課題の打ち合わせだ。

待ち合わせまで時間があったので、涼みがてら近くの雑貨屋さんに寄った。3階建てで、アクセサリーからコスメ、文房具まで、なんでも揃っている。同じ大学の女子ならだれでも知っているこの雑貨屋で、思いがけず航と遭遇した。

「え、航一人でここに来たの?」

「うん、一人だよ。文具の品ぞろえがカッコ良くて、時々来るんだ。いいにおいのキャンドルとかあって癒されるし。」

正直、とても意外だった。外観からして女子の聖域感醸し出されてて、入りにくいだろうにな。

一人でゆっくり見たかったけど、流れで一緒にお店を見て待つことになった。


航は、同じゼミだけど、つかず離れずの関係性だ。

中肉中背。めちゃくちゃ盛り上げ役でもないし、かといってすごく大人しいわけでもない。調子にのってる男子ともしゃべるけど、比較的静かな子とも仲がいい。モテるという話や、彼女がいるという噂も聞いたこともない。でも、女子とも違和感無く話せる。

そんな男だ。バランス感覚がいいといえばそうなのかもしれない。でも由香にとっては、それ以上でもそれ以下でもない、といった感じの存在だった。


「あ、雨だ」

さっきまでそんなそぶりはなかったのに、いつの間にか大粒の雨が降り出した。よく、『バケツをひっくり返したような雨』というけど、正にそれだ。

しかも、ピカピカに晴れたまま降っている。雲の隙間から光が降り注いで、とても神秘的だ。

不思議な光景に、店内の人はみんな外に目を奪われていた。


狐の嫁入り、めちゃくちゃド派手じゃん。なんか幻想的だな~、どうせならもっとイケメンと並んで見たかったな~。


またボーっとしながら外を見つめていると、航が口を開いた。


「神様が、水やりしてるみたいだ。」


ポツンとつぶやいたその言葉に、ハッと息を飲んだ。


「あっ、やっぱりこのぬいぐるみクマじゃん!」


屈託なく、可笑しそうに笑う航の笑顔を、穴が開くほど見つめる。


夏が始まった気がした。



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