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プロフェッショナルである人とは

僕はよくプロフェッショナル仕事の流儀を見ていた。

世界で活躍するスポーツ選手、人に夢を与える俳優、その人にしか出せない味を作る料理職人、世界を魅了する建築家、彼にしかできない手術が存在する孤高の外科医。

僕が見ていたプロフェッショナルに出ている人たちはいつだって輝いていた。それは彼らにしかできない仕事があるからだし、彼らは誇りを持ってその仕事をやっているからだと思う。

僕は、田舎で育った。だからかもしれないが、幼い頃からインプットの情報は、二次情報が多かった。つまり、おしゃれなケーキ屋さんは東京にあるからテレビで見るしかないし、本に出てくる人物はどこか遠くの場所にいるか、歴史物語が好きだったのでだいたいすでに死んでいた。だから、情報の大元であるその人や出来事など、一次情報に触れられる機会が少なかった。そうなると、次第に情報源はテレビや本など、一次情報をまとめた二次情報がメインになってくる。二次情報は情報が薄まっている。その事実に僕が気づくのは大学に入ってから。つまり、ずっと後になってから。

地方に住んでいて、家と学校の往復をしているだけでは、周りに尊敬すべき大人はそう多くない。テレビや本を読んで、憧れの大人を探し始める。最初はマンガのブラックジャックに憧れた。無免許というヒールな部分を持ちつつも、命に真摯に向き合い、いつだって弱者の味方だった。そんな斜に構えたヒーローがかっこよかった。ドラマもそうだ。救命病棟24時を見て、江口洋介や松嶋菜々子が震災が起きた東京で奮闘する姿とそこで繰り広げられる人間ドラマに感動した。そうして僕は医師という世界に少しずつ憧れを持ち始めた。

医師に影響を持ち始めて、リアルな現場を見るのに、ドキュメンタリーを見るのは、当然の流れだった。情熱大陸やプロフェッショナルで見る医師の姿は、尊敬に値し、憧れる対象になりうる人たちだった。いつしか僕もそういう人物になれればと思い、医師を志し、医学部に進み、東京に繰り出した。

東京という場所は、多様な社会だった。いろいろな大人がいた。リアルの場で出会ったことがない、尊敬すべき大人達にもたくさん出会った。マイノリティに焦点を当てたメディアを運営し、心を込めて1つずつ記事を書く人たち。医師の存在を再定義するために映画を撮り始める医師。自己肯定感の低い子達に寄り添い続ける人たち。潰れかけた映画館を再生し、地域の集える場所にする人たち。コミュニティを運営し、幸せを共有する人たち。どの人も心から尊敬できる人たちで、彼らのようになりたいと憧れの対象となる人たちだった。大学に入って、初めて会った尊敬できる大人に、僕は本当に驚いた。驚きの出会いを繰り返すうちに、僕は、確信した。

「すごい人はテレビの中にいるだけじゃないんだってこと」

そう思って、自分のいる街を歩いていると、尊敬すべき人がたくさんいた。90歳を超えて元気に生きてるおばあちゃんの信念は横着をしないこと。90歳を超えて元気がなくなっているのに今もその信念を持っているなんて、なんて強い人なんだろうと思った。街の歴史、文化、人、様々なことを恐ろしいほど詳しいおばちゃんは、ただの市の職員だった。病院を辞めておじさんが始めた塾にはたまに大企業の重役が訪ねてくる。

彼らの誰もが、彼らにしかできない仕事があり、誇りを持ってその仕事をやっている。それは、プロフェッショナルに出演する人たちとなんら変わらない。業績や成し遂げたことが世間に評価されているか、されていないかの違いだけだ。世間のメガネを通さず、自分の目で、ふと横を見ると、プロフェッショナルな人たちが結構たくさんいたりする。その事実に気づくと、世界は少し美しく見えるような気がする。

僕は、横着をしないことを信条にして90歳まで元気に生きているおばあちゃんにも輝ける場を作りたい。おばあちゃんは生き生きと自分の話をしている姿を見ていたい。生き生き話しているおばあちゃんを見ていたら、聞いている僕たちも何か考えるきっかけになって、健康になるんじゃないか。そんな気がしてきた。

そういう想いで始めたのが、「ヒトカド」というイベントだ。ひとかどとは、ひときわ優れている人のことを指す。きっと、イチローとか山中伸弥先生とか本田圭佑とかそういう人を思い出すと思う。でも、彼らだけがひとかどの人物なわけじゃない。一見普通の人でも、必ずどこかにひとかどな部分を持っている。そう思うと身近なところに、ひとかどの人物はたくさんいる。このヒトカドという企画は、ひとかどな部分を持った「ヒト」に焦点を当てて、話を聞いてみようという企画である。

もうすでに2回ほどヒトカドを開いた。いつもヒトカドなゲストが、一生懸命に自分自身の人生の話をしてくれる。その一生懸命に生きていたゲストの人生から、僕は自分の人生を見つめ直すいい機会になっている。誰もがゲストを通して自分に向き合える素敵な時間。次回もきっとそんな機会になるに違いない。

ヒトカドが始まる前に、会場の古民家の前に、モバイル屋台de健康カフェを置いて、ヒトカドと参加者のみんなで囲んでコーヒーを飲むようにしている。みんなが緊張しないようにゆっくりとイベントに入っていくためなのだけど、僕が好きなのはその穏やかな時間だ。お隣の美容室の店長がコーヒーを飲みにふらっとやってくる。彼女も実はヒトカドなのかもしれない。

(photo by hiroki yoshitomi

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