ゆもとーん

元フィールド系社会学徒兼校正屋さん

人混みが大嫌いで、通勤電車も渋滞も大嫌いな私は、合理的な選択として出勤することを選んだはずなのに、閑散としたオフィスや、帰ってただいまが返ってこない家に、たまらなく寂しく思う。季節感って、感情とセットで刷り込まれているのかも知れない。

ご無沙汰しております、お変わりないですか、変わっていないことを前提とする挨拶がスッと心に入ってくるのは、きっと平凡であってもとても幸せだということ。ご無沙汰しておりました、お変わりないですか。

どう振る舞えば下が付いてくるのか、というのはすごく難しい。優秀で人格者で、非の打ち所のない人から、「こうはなれない」と部下が去っていくという話に、やるせなさと悩みが深くなる。人格者だと思ったことはないが、抜けてて可愛がられるタイプでもないし、目指すべき姿が定めづらいなぁと。

見てる人は見てるし、いつか自分の番が来る、と思うことでしか、頑張れなかった日々にちょっと光当たる出来事があったので、あのときの自分に頑張ったねと言いたい。頑張ることすなわち報われる世の中じゃないけど、まだ少しは、頑張りの積み重ねを信じられる気がした。

かつては予定がない日は損失のような気もしていたけれど、「予定がない」予定を意図的に入れてみたら、自分のための気の向くままのインプットや思いつき、に向き合えて、心にゆとりが生まれた気がする。疲れたらちょっと「なにもしない」が、ポジティブな意味で許される社会でありますように。

機械的な数字の羅列や細々した事務作業が得意な人もいるが、私は完全に物事を文脈で理解するタイプなので、とりあえず丸暗記、なんでもいいからやっといて、という作業がかなり苦手だ。形から入って深めていく人もたくさんいるだろうから、理解の仕方は様々だということを心に刻んでおきたい。