中国は今後どうなるか―――コンダクト・オブ・ウォーの力量は如何程か?

1 はじめに

 「中国は今後どうなるか?」――わが国政府だけでなく、公私を問わず多くの組織・個人にも気になる予測テーマであると思う。以下で紹介する論評から考えるヒントを得た。「どうなるか?」との問いだけでは議論が発散するため、当該設問を、安全保障に関する問いと経済に関する問いに分け、また各問いの回答に応じパターン分け(予測パターンの整理)をした上で、考察していきたい。(以下敬称略)

2 ⓒとⒹは考察に値するパターンか?

表1:「中国は今後どうなるか?」の予測に関する4象限(筆者作成)

 Q1とQ2それぞれの問いに対する答えをYes/Noに場合分けすると、「中国は今後どうなるか?」に対する回答(予測)パターンは、上記の表1にあるように、Ⓐ~Ⓓの4個パターンに分かれる。以下において、中国は今後どうなるか?」の予測は、Ⓐ~Ⓓのどのパターンに近いか、として考察する。
 中沢克二・日本経済新聞編集委員の記事「中国軍大粛清が確実に 中秋の名月吹き飛ばす習氏の意図」(2023年10月4日付日本経済新聞(電子版))において、習近平の権力を支える源泉が軍にあることが強調されている。これまでの事象を照らし合わせると、その指摘は事実と推定できる仮説であると私も思う。国家権力の源泉をなす人民解放軍が権力基盤ということであれば、また、習近平が武力統一のオプションを排除しないことを言明している点も踏まえれば、ⒸとⒹを軸とした予測は「可能性が低い」と見なした方が良い、つまりQ1の回答を「Yes」とした方が良いのかもしれない。
 Q1の回答を「Yes」、つまり予測パターンはⒶかⒷのいずれかという前提を置いた上で、Q2の回答(Yes/No)の考察に移る。Q2については、Q1と異なり、経済政策の実現は程度の問題であるため、白黒はっきりさせ難い。習近平としては、中国の夢を実現する上で、一帯一路をはじめとした、魅力ある経済政策をさらに推進したい意思は変わらないと考えられる一方、国内経済の成熟化、米国を中心とする西側諸国との間の貿易規制、一帯一路に対する各国の評価低下等はこれまでの環境と異なることから、魅力ある経済政策の実現程度は限界があると予測すべきであろう。
 経済政策に対する不透明な見通しを踏まえると、翻ってⒶが成り立つのか、という疑問も生じてくる。そのように考えていくと、「中国は今後どうなるか?」という問いに対する答えは、Ⓑに近い状態に落ち着くのではないだろうか、ということになる。

3 Q1の修正

 Q2は可能性を予測する問いであったのに対し、Q1は、中国の国家意思を予測する問いであった。Q1のような問いは、国家意思と可能性の両面で考察することが適切である。よって、Q1の問いを、可能性を予測する問いに修正した上で、以下考察する。

表2:「中国は今後どうなるか?」の予測に関する4象限(筆者作成)

 修正Q1に対する予測(回答)は、前項での予測とは全く異なり、非常に重みを増したように感じる。中国が、米国等を軍事的に圧倒できるか、ということを直接問いかける設問になったことがその原因と思われる。
 この問いに対する回答の視点は、少なくとも、「能力上」及び「実行上」の2つから考察すべきである。まず、能力上の視点であるが、数十年間にわたり、A2/AD(接近阻止/領域拒否)と呼ばれる局地優勢の態勢を構築・強化してきたこと、及び米国等がその能力を脅威視していること等を踏まえると、能力上の観点では、Q1に対する回答は、「Yes」と言えるかもしれない。
 他方、実行上の視点で考えた場合、つまり、戦争は思いどおりに進まないことが常であることを想起した場合、確信的に「Yes」とは言えなくなる。プーチン・ロシアが始めた主な戦争である、2008年南オセチア侵攻、2014年クリミア侵攻、2022年ウクライナ侵攻の各例、米国主導の有志連合軍等が主導したアフガン戦争、イラク戦争等を想起した時、能力上の優勢が必ずしも戦勝や戦争目的の達成に結びついていないことが思い起こされる。「兵は国の大事なり」とあるように、有能な指揮官・参謀等をもってしても、戦争を思い通りに進めることは容易でないことをあらためて知らされる。
 その上で修正Q1の回答を「Yes」とした場合、世界的な戦争を覚悟して台湾統一の成し遂げるシナリオよりも、非常に巧妙かつ迅速な形で(米国等が介入する余地を与えない形で)台湾統一を達成するシナリオを現実的なものとして考えるべきであり、それが可能な軍事・政治体制が整っているかがポイントとなる。一方で、修正Q1の回答を「No」とした場合においても、台湾政権の傾中化や、その他非軍事的な手段、懐柔等、こちらの場合でも、非常に巧妙かつ迅速な形で(米国等が介入する余地を与えない形で)、又は米国等の関与が低下する等のチャンスがくるまで忍耐強く待つ形で、台湾統一を達成するシナリオが考えられ、これについても当該政策ができる政治・軍事体制が整っているかがポイントとなる。
 ここで求められる巧妙さと、Q2で問う経済政策実現のための巧妙さは相通じるものと捉えられることから、修正Q1を踏まえた、「中国は今後どうなるか?」という問いに対する答えは、合理的に考えれば、Ⓐ、Ⓑ、Ⓒ及びⒹの中間付近、又はややⒸとⒹの側寄りに落ち着くのではないだろうか、ということになる。

4 おわりに――コンダクト・オブ・ウォーの力量は如何程か?

 野中郁次郎一橋大名誉教授が、論考「企業の失敗、野性喪失から 『失敗の本質』の著者説く」(2023年10月7日付日本経済新聞(電子版))において、いわゆる「失われた30年」に関する企業側の原因、必要な資質等について、次のように述べている。
 
 「行動が軽視され、本質をつかんでやりぬく『野性味』がそがれてしまった。野性味とは我々が生まれながらに持つ身体知だ。(PDCAにおける)計画(P)や評価(C)が過剰になると劣化する」

 「ソニーグループを再生した平井一夫氏(前会長)が、改革には『IQ(知性)よりEQ(感性)だ』と話していたのが興味深い。『感動』というパーパスで自信を失いかけた社員のマインドセットを変えたのだが、重視したのは共感だった。6年で70回以上もタウンホールミーティングをしつこくやったという」

 難しい状況を打破して勝ち抜いていく際に必要なものが、「計画」や「評価」、「知性」よりも、「野性味」、「感性」、「共感」等であるならば、中国の政権中枢や軍事の体制は、米国等に勝る、いわゆる「闊達さ」があるだろうか。弱みを局限し、強みを活かし得る「構想力」を生み、それを実現できるであろうか。軍事の言葉で、「コンダクト・オブ・ウォー(Conduct of war)」というものがあるが、中国に「コンダクト・オブ・ウォー(構想実現、又は戦争指導)」の力量があるか否かの答えは、野中が日本企業に対して指摘するポイントと同じか、近いように思う。前出の中沢の今後の論評を含め、中国の政治・軍事の動きを注視していくことで、「中国は今後どうなるか?」に対するより精度の高い予測を立てることができると考える。

【参考文献】

中国軍大粛清が確実に 中秋の名月吹き飛ばす習氏の意図
編集委員 中沢克二
習政権ウオッチ
2023年10月4日 0:00 [会員限定記事]

企業の失敗、野性喪失から 「失敗の本質」の著者説く
野中郁次郎一橋大名誉教授
直言
2023年10月7日 5:00 [会員限定記事]

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