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極めてAmazon的な"メカニズム"というお話

今でこそクラウドやアレクサ、ビデオやミュージックといった多角的なビジネスを展開するアマゾンだが、もともとはオンラインの小売りであり、依然としてそれはビジネスの大きな部分を占めている。オンラインのコンシューマービジネスは、感謝祭時期のBlack FridayとCyber Mondayに照準を絞って(今はPrime Dayもあるが)、仕入れや配送センター及び実際の配送キャパシティの増強など、数か月前から準備に取り掛かり、その集大成としてこのPeak Periodを執行し、そして12月後半にはオフィスががらがらになる、というのが伝統芸である。9月後半か10月前半くらいになると、既に青息吐息の社員を見かけることも少なくない(そんな社員のためにお菓子やらが夕方になるとカートで運ばれてくる。残念ながら今年はなかったが)。

アマゾンの強さの一つの理由は、私はこうしたピークシーズンに向けた過酷なOperationをやりきるために鍛えられた、メカニズム(仕組み)を作る力だと思っている。Founderを含め、社歴の長い人はよく皆で倉庫でパッキングしていた時代の話をよくする(Jeff Bの鉄板ネタの一つはこの時代のパッキングステーションの話)が、アマゾンはTechnology + Operationの会社としてスタートし、そしてそのカルチャーを未だに色濃く残しているように私は感じる(実際に入社すると、配送センターで数日働くプログラムに参加することを推奨される。私も行ったがとても楽しいし勉強になった)。そしてこのメカニズム、というのは仕組みそのものだけではなくて、それを運用する社内のカルチャーあってこその強みだと私は思っている。これはBlack Friday / Cyber Mondayを終えた年末にうってつけのネタではなかろうか。中高の同級生がちょっと前に煽ってきたことだし頑張ってNoteを書こう。自分がどこに向かっているかは置いておいて。

1.誰がやっても成果がでるようなメカニズムを作る

社内における仕組みのことを社内ではMechanism/メカニズムと呼ぶ(そのまま)。そしてアマゾンで働く人はこのメカニズムについて議論するのが大好きだと私は思う。問題を解決する上で正しいSolutionは何なのか、という議題の次には必ず、再発防止やよりよくするためのメカニズムは何か、という議論になる。そしてこれは少なくとも私が5年間で見聞きしてきた限りでは、弊社の殆どのチームで見られる傾向である。

一つ例を挙げるならば、Product Managementもメカニズムによって管理されている。それは一部業界では有名なPR FAQから始まる一連の工程である。どんなによいアイデアで、おそらくチーム全員がやるべきだ、と思っていることでも、PR FAQは書く。そうしないと、本当にお客様の観点で何か見逃していることがないかわからないからだ。また、Productをローンチしてからもメカニズムのオンパレードである。進捗管理、週次報告、月次報告、全てにおいて、仕組みがきちんと決まっていて、それに乗っ取ってビジネスを運用することが求められる。週次報告などでは、計画とのギャップを説明する上でのテンプレートまで用意しているチームもある。結果を出すためのメカニズムを作り、徹底してそれに基づいた運用をするのである。そして問題が発生する度に、このメカニズムは再検討され、場合によっては新しいものに生まれ変わっていく。

こうきくと硬直化した組織に聞こえるかもしれないが、少なくともアマゾンは真逆だと私は思っている。メカニズムにのっとっている限り、個人の意思は最大限に尊重される。何か突拍子もないアイデアを考えついたとしても、PR FAQを書いてじゃんじゃん前に勧めていくのに誰も文句は言わない(実際に、アマゾンがローンチする多くのアイデアはそうして生まれている)。週次報告・月次報告で自分の意見を素直に書いて、リーダー陣とやりあうことも多々ある(私も週次報告に、"これはやらないことにしました"、と素直に書いて、自部署のVPやDirectorというエライ人からから質問メール ― 私は冗談半分でLove Letterと呼んでいるが ― をもらったことも多々ある)。

思うに、組織の硬直化をもたらすのは仕組み化ではなく、それを運用する際の組織のカルチャーなのではないか。メカニズムを運用するのは結局人であるから、社内の仕組みをよい方向に活用できるような人材の質が担保される限りにおいて、強固なメカニズムを作ること自体にはメリットが多いと私は思っている。また、人の入れ替わりがあっても、メカニズムをきちんと運用できる人が穴を埋めれば、ビジネスは支障なく続いていき、結果として、お客様に引き続きよい経験をして頂くことができる。ということで、メカニズムを作るのと表裏一体で大切なのは人材である。

2.カルチャー重視の人材採用・育成を行う

私の好きな本にBuilt to Lastという本がある。日本だとビジョナリーカンパニーと訳されている一冊で、ファンだという方も多いと思う。その中に、会社カルチャーの強烈さとそのことが果たす役割について語られている部分がある。アマゾンの強固なメカニズムを運用する上で、この強烈なカルチャーは大きな役割を担っていると私は思う。

アマゾンで人を評価する際に使われる指標のうち、他の要素を大きく引き離して最も大事なのはLeadership Principles(社内では略してLPと呼ばれることが多い)と呼ばれる14個の行動指針のことだ。他の要素を大きく引き離して、と書いたが、人事評価においてLP以外のことは議論されないことがある、というレベルで最も大事である。尚、LPは私が入社してから一度だけ改定されたことがあるが、当時はこの改定をどう解釈するか、というのをチーム内で延々と議論したり、実際にリーダーシップからガイダンスが出たり、などととてつもないインパクトをもたらしたのをよく覚えている。

アマゾンの人事は全てこのLPを中心に回っている。どんなに素晴らしいCodeを書けるエンジニアでも、どんなに素晴らしいProductを思いつけるProduct Managerでも、LPに合致する資質を持っていない人材を、アマゾンは採用しない(少なくともしないように最大限の努力を払っている)。各リーダーシップポジションで必要とされるLPのレベルに達していなければ、どんなに結果が出ていても昇進されないこともある。そして、この採用や人材育成というプロセスについても、がちがちに仕組み化・透明化されていて、恣意性が入る隙間は小さい。こうすることで、社内の確立したメカニズムをLPという行動指針にのっとった形で運用してくれる人材を採用し、育成することが可能になるわけである。

結果として、会社のミッションやバリューを深く理解し、それをLPを通じて行動に落とし込み、"お客様のために"メカニズムをごりごりと回していく人材がアマゾン内で大量に育成されることになる。この、お客様のために、というのは、ハリボテ的なスローガンでは決してない。私も含めて、アマゾンの社員の多くは、本気で何が顧客にとってベストか、というのを考えながら日々仕事をしていると思う。自分の信念と相いれない要求であればVP相手であろうが噛みつく(Have Backbone; Disagree and Commit)。そしてそういった態度が高く評価されるのである。

尚、アマゾンが社内でのトランスファーを奨励している(国を跨ぐものや職種を跨ぐものも含め)のは、LPの資質を持っていれば、どこにいてもきちんと結果を出せる、という点に確信を持っているからで、私も実際に同様の意見を持っている。

3.リーダーが率先してやりきる仕組み

いくら素晴らしいメカニズムがあり、カルチャーとしての統一感があったとしても、執行されねばそれらは絵に描いた餅である。メカニズムを回し、プランを執行するには相当の胆力が求められる。アマゾンはリーダーが率先して汗をかく姿を見せているし、意図的にそうなるような構造にできている。

私のような一社員が持つレベルのゴールは、その上のエライ人たちが持っているゴールのインプットになっていることが多い。即ち、私が自分のゴールを達成すると、エライ人たちがゴールを達成できる可能性が上がる、という具合である。そして、エライ人たちがゴールを達成すると、更にその上の殿上人達がゴールを達成する確度があがる。そうして段階的に効果は波及していき、結果として、アマゾンとしてコミットしているゴールを達成することができる、というわけである。従って、私の上のエライ人たちも日々その上の人たちから詰められながら、必死でメカニズムを回して事業運営をしている。殿上人達も同じで、プレッシャーと戦いながら必死でメカニズムを回して意思決定をしている。そして、こういったゴールは社内でかなり明快かつ透明度の高い形で設定されていて、私のような一般社員にもある程度見えるようになっている。例えば、私は自部署のVPがどんなゴールを持っているか知っているし、それがどういうった状況になっているか見えている。

これがもしこういった姿が見えず、自分だけよくわからない責任を負わされて必死に戦っているのであれば、やる気は一瞬にしてなくなると思う。私はもともとやる気で燃えているようなタイプの人間ではない。でもエライ人たちも必死になって働いているのを見ると、仕方ない、やるか、という気に私もなる。そして、おそらくはこれが理由で、あくまで私の観測範囲内だが、アマゾンは昇進すればするほど忙しくなる。昇進するごとに責任が増えていき、達成すべきゴールの難易度が増すので当たり前かと思う。従って、昇進を目指す場合はそれなりの覚悟が必要になる。実際に、Work Life Balanceを考えて、昇進は目指さず、ある程度のポジションに留まる、という選択肢をとる人もそれなりの数いる(20年くらいの間、同じポジションにいる、とても優秀な人と仕事をしたことがある。20年!)。

4."失敗"と"失敗した人"を区別して次に活かす

人というのはとても不思議なもので、失敗を恐れると中々本来の力を出せなくなる。失敗するのではないか、と思ってやると本当に失敗したりする。私にもそういった経験があるし、これを読んでくださっている方にも同じような経験があるのではないかと思う。

私がアマゾンに入社した初期に一緒に働いたとあるDirectorはよく、"Hard on results, Soft on people"といっていた。これは私にとっての金言の一つである。失敗を許容するのは難しいし、するべきではない。但し、失敗した責任を誰かに押し付けるのはよくない。失敗という事象が発生した際に、失敗した人をまずはその状況からDecoupleして、失敗した原因を主にメカニズムなどに求めるのがアマゾンらしいやり方だと思う。失敗したのは誰がやっても失敗しないような仕組みを作っていなかったからだ、と考えるわけである。こういった精神的な安心感があると、人はリスクをとって、主体的に物事を回せるようになる。加えて、何か失敗をした際に、それを既存のメカニズムに反映し、それを更に強固にするようなフィードバックループを作ることができる。

今までアマゾンに5年ちょっと在籍していて、何かのプロジェクトで大失敗をしたからキャリアがダメになった、という人を私は見たことがない。私の観測範囲内なのでめったなことは言えないし、単に私や私の周りがラッキーだっただけかもしれない。それでも、個人的に素晴らしい経験をさせてもらっていると思う。因みに言えば、責任を個人に押し付けようとするクソみたいな人間も当然ながら存在するが、私の観測範囲内だと、そういう人間の方が逆に袋叩きにあうことが多い。

5.終わりに

何事もとにかく全力で振り切ってやりきる、というのは、基本的によいことだと私は信じている。アマゾンのカルチャーや仕組み化、というのはかなり極端に振り切っているが、時間をかけてきちんとやりきれば大きな強みになるというよい一例なのではないか。Carlyleの創業者の一人が社内向けに書いた投資の際のTen Rulesの中にも、Overwhelming Force、といったフレーズが出てきたと記憶しているが(かなり昔なので間違っていたらごめんなさい)、こういった選択と集中や意思決定の思い切りのよさは、アメリカの得意な分野な気がしている。

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