駅で男は目覚めた、

駅で男は目覚めた。声が聞こえたような気がした。しかし自分を呼ぶ声ではなかった。別の男が誰かと話していた。誰と話しているのかはわからない。電話をかけているようだ。電話先の相手の声は聞こえないが、相手に向かって話す男の声はよく聞こえた。自分にかけられた声はよく聞き逃す男であったが、自分にかけられているわけではない声には、人一倍耳をそばだてることが常であった。目覚めた男は、目覚めたままに聴くことを始めていた。「よく聞こえない、よく聞こえないよ、駅だからね、いや今は電車には乗っていない、降りているよ、あー、よく聞こえないな、これから乗るところさ、まぁいいんだけどね、もう少し静かなところに行きたいな、え? なに? なんだって?、いや違うよ、行くんじゃない、帰るんだよ、だってもうこんな時間じゃないか、いつまでも帰らないわけにいかないだろう、それとも帰らないほうが、いや、よく聞こえないからね、大きくせざるを得ないんだ、声をね、静かな場所でもないかとは思うんだけど、あー、もしもし、もしもし、うーん、電波も悪いみたいだ、え? 地下? いや、今は地下じゃない、屋根もないぞ、うん、おれに言っても仕方ないけどね、はい、はい、あー、ちょっとまって、別の電話がかかってきた、うん、ちょっとまって、急ぎかもしれないから、うん、仕事、仕事用、うん、また静かなところに行ったらつなぐから、うん、それじゃ、はい、はーい。「はい、もしもし、はい、はい、はい、あー、そうですか、はい、了解です、では、そのような形で、はい、引き続きよろしくおねがいします、どうも、はい、あ、少々お待ち下さい、念の為こちらでももう一度確認させていただきますので、はい、申し訳ございませんが、はい、一度、はい、後ほど、はい、はい、はい、失礼いたします、では。「おう、どうした、おう、おう、おーう? おう、おう、うーん、でもそれは、仕方がないんじゃないか、うん、いや、個人的な、あくまで個人的なあれだけどね、そっちのほうが、うん、おれはいいと思う、うん、まぁ、最終的には、うん、任せる、うん、まぁ頑張って、うん、なるほど、うーん、まぁ、まぁ、なんとかなる、うん、あー、それじゃ、それで、うん、また後で、状況動いたら教えて、もう次のアレ、始まっちゃうから、おう、その後で、おう、じゃ。「はいもしもし、はい、はい? はい、はぁ、うーん、はい、なるほど、いやー、こないだ買ったばかりなんですよねー、なので、はい、はい、またの機会に、ということで、はい、はい、すいませんね、はい、それじゃ、どうも。「はい、はい? いえ、違います、間違いじゃないですかね、はい、いえいえ、はい、はい、いえ、では、さようなら」あ、もしもし、さっきの、はい、アレですけど、はい、やっぱりお願いしようかなって、はい、まだ大丈夫そうなら、はい、無理にではないですけど、はい、あー、やっぱりそうですよね、はい、まぁ、仕方ないですね、はい、はい、いえ、全然、こちらがちょっとアレだったんで、はい、また入ったりしたら、はい、そのときはぜひ、はい、いやいやこちらこそ、はい、はい、はーい」おう、おう、今オーケー? おう、で、どう? え? あーそうか、うーん、そうなったかー、いや、いや、正直ね、予想外だわ、うーん、えー? そんなことある?いや流石に、それは想定外、うん、いや、聞いてないもん、ね、聞いてないよね、じゃあ仕方ないよね、普通ね、普通さぁ、そっちだと思うじゃん、ねぇ、普通さぁ、うん、うん、うん、まぁでも、うん、次に期待だな、うん、終りじゃないし、な、これからだよこれから、な、また、うん、今度は直接、うん、はい、おう、じゃ、よろしく」あ、わたくしですけれども、はい、はい、お世話になっております、はい、こちらでよろしかったですかね、はい、どうもお忙しいところすみません、例の件で、はい、はい、はい、あー、はい、なるほどですね、はい、なるほどー、はい、あー、それは難しいですね、はい、正直なところ、はい、お力になれず、申し訳ございません、いえ、いえ、またの機会に、はい、そのときは、はい、何卒宜しくお願いします、はい、はい、では失礼いたします」もしもし、今大丈夫? 終わったよ、え? はい? はい? あー、すみません、間違えました、ごめんなさい」

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